亘

オスロ、8月31日の亘のレビュー・感想・評価

オスロ、8月31日(2011年製作の映画)
3.8
【取り戻せない希望】
アンデシュは、元麻薬中毒患者。更生施設での滞在を終えて就職しようとしていた。面接の日、彼は久しぶりに街に出て友人や元恋人を訪ね歩く。しかしそのうちに嫌でも彼と世間の間にの差を感じてしまうのだった。

ルイ・マル監督の『鬼火』と同じ原作から作られた作品。『鬼火』が名作だからこそどうしても「ノルウェー版」とか「現代版」として比べてしまってなかなか純粋に評価が難しい作品だと思う。やはり『鬼火』の方がエリック・サティの音楽や独り言、また暗い映像で主人公の内面にフォーカスしていたと思うけど、本作はそれらがないためにどちらかというと周囲との差に注目しているように思う。

だからこそ淡々と映し出しているだけにも見えるけども、漠然とした不安や「ここからは大きく改善することはないだろう」という諦念は感じる。とはいえせっかく北欧なのだから暗くて厳しい冬を舞台にしてほしかったなとも思う。

アンデシュは将来の展望が見えず自殺願望を内に秘めながらも更生施設の退所日が近づいていた。そして就職面接の日に久しぶりに街に出る。
まずは友人トーマスの家で会食して散歩に出る。しかしアンデシュは34歳になって、家族を持つトーマスとの差が開いていることを感じる。トーマスは更生施設の人と比べればアンデシュが恵まれているというけれど、元々優秀だったアンデシュはトーマスのような”普通”の人になりたいのだ。だから普通の人との差を痛感するのだが、同時に普通の人生にも希望を見出せず自殺願望を抱く。

その後出版社で面接を受ける。ここで彼は的確な質問をしたりしてかつての優秀さを示すが、麻薬常習者だった過去を聞かれると途端に雲行きが怪しくなる。彼はやはりこの過去を恥じているのだろう。その後のカフェで人々の会話や雑踏が耳に入るシーンは、彼の感じる不安や自分が”普通の人”じゃないことを嫌でも考えてしまう様子を表していると思う。
その後のカフェでの妹ニーナに関する会話もまたアンデシュにとって辛いものだった。ニーナには会えないし電話も断られる。ここでアンデシュも自分が避けられていると感じたのだろう。ますます”普通の人”から離れるのだ。

さらにはパーティでもほかの人との差を感じる。盛り上がる輪にも入れないし、元恋人のイーゼリンにも電話がつながらない。ついに麻薬を買い、アルコールに再び手を出してしまう。この後の夜の町を自転車で走るシーンや騒ぐシーンは、言ってみれば人生最後だからこそ楽しんだのだろう。ジャケットにもなっている自転車のシーンは印象的で、消火器の粉は美しくもあるが儚い人生の喜びのようなものを表しているように思う。

そして8月31日の朝になって彼は更生施設に戻り静かに命を絶つ。この8月31日というのは、北欧では束の間の美しく楽しい夏の終わりである。アンデシュの人生における束の間の美しい時間が終わったということでこの日付設定なのかもしれない。総じて夏の明るい日差しとアンデシュの姿が対照的な作品だった。

印象に残ったシーン:夜の町を自転車で走るシーン。
亘