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ある過去の行方のnetfilmsのレビュー・感想・評価

ある過去の行方(2013年製作の映画)
3.8
 フランス人のシングルマザー、マリー=アンヌ(ベレニス・ベジョ)は夫と別れて4年、正式な離婚手続きをとるため、今はテヘランで暮らすアーマド(アリ・モッサファ)をパリに呼びよせる。アーマドがかつて妻や娘と過ごした家を訪れると、そこではマリー=アンヌの新しい恋人サミール(タハール・ラヒム)親子との新生活が始まっていた。だが、マリー=アンヌとサミールが再婚する予定だと聞かされたアーマドは、彼らの間に不穏な空気を感じ取る。冒頭、アーマドがシャルル・ド・ゴール空港に降り立った時、マリー=アンヌが防音ガラス越しに一生懸命何かをアピールしている。その声は防音ガラスでまったく聞こえないが、元妻の身振り手振りのジェスチャーに気付いたアーマドはガラス越しに彼女に近づいていく。ジェスチャーは互いに言葉を発する形に変わるが、別れて4年経過した間柄でも元夫婦はしっかりとコミュニケーションを円滑に進めていく。何かを暗示するかのような導入部分である。アスガー・ファルハディの映画においては、集団の中に放り込まれた1人の人間が、その集団の崩壊を予見する。『彼女が消えた浜辺』では友人・知人が集まるヴァカンスにエリという名の1人の知らない女性が入ることで、集団に波風が立つ。『別離』ではある夫婦とその娘とアルツハイマーの父親の4人家族の妻が抜け、そこに家政婦を雇うことで家族の在り方は崩壊寸前の様相を呈する。今作でもその1人の人間が集団に入り込むことで、ゆっくりとバランスが崩壊していく。

 車で家まで向かう道中、彼は曲がる方向を間違えそうになる。この辺りの4年の経過の細かな描写が非常に気が利いている。かつて生活していたパリの思い出をなぞるように家に向かうとそこには見たことのない少年がいる。アーマドにとってテヘランでの4年間があり、マリー=アンヌにとってもパリでの4年間の歳月が経過したことを一瞬で伝える素晴らしい描写である。その男の子の背景にはアーマドの知らない4年間があり、優しく子煩悩な男はその事実をすぐには受け止められないでいる。これまでのファルハディの作品同様に、今作でも男はテヘランで生活することを望むが、女たちはイランの外での生活を望む。実際にマリー=アンヌはパリで生活しアーマドはイランのテヘランへと戻るのである。マリー=アンヌの生活には既に新しい男がいるが、アーマドはそうとは知らずにこの家に転がり込む。そこからこの家には2人の父親が存在し、どちらもギクシャクとした生活がスタートする。やがて長女リュシー(ポリーヌ・ビュルレ)の本音を聞き出して欲しいと言われたアーマドはそこで衝撃的な秘密の告白を聞くことになり、その秘密が突如物語の中にサスペンスを立ちのぼらせる。ラスト・シーンの命の尊厳にはやはり泣かされた。最後の最後まで妻の存在を隠し通したからこその再会の場面の美しさだった。よくよく考えれば愛する夫の不倫を知りながら、その落胆をひた隠しにし、最終的には生死の淵を彷徨う妻への謝罪としてはやや納得がいかない部分もあるものの、シリアスなドラマの中で唯一光が射すような結びとなる。
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