愛鳥家ハチ

ANON アノンの愛鳥家ハチのレビュー・感想・評価

ANON アノン(2018年製作の映画)
3.0
『ガタカ』のアンドリュー・ニコル監督作品。個人の記憶が記録・共有され、プライバシーが失われた近未来の世界で、犯行現場の記録が不可解に改ざんされた殺人事件が発生。捜査線上に浮かぶANON(=名無し)と呼ばれる"記録のない存在(アマンダ・セイフライド)"と刑事(クライグ・オーウェン)との駆け引きがメインのストーリー。

ーーアナログ
 本作の世界では電脳空間を通じて他者と視覚情報の共有が可能になっており、その発想は『攻殻機動隊』を思わせます。もっとも、例えば『ガタカ』は舞台装置に近未来の趣がありましたが、劇中の居住空間を始めとして、リアルな世界の描写に何らSFのエッセンスはなく、徹底したアナログ描写は味気なさを覚える程です。おそらくは中途半端に新奇なセットや小道具を入れるよりも、一周回って現代と全く同じ舞台にした方がリアリティから生じる現代との連続性が感じられ、かえって設定が活きるとの監督の判断があったものと推察します。

ーーデジタル
 他方、近未来感が出ていたのはPOV(主観)視点でのインターフェース画面でしょうか。POV視点はブレが一切無く違和感がありましたが、FPSゲームの画面だと思えば納得出来ます。推測ですが、監督はなかなかのゲーマーではないでしょうか。視界ジャックによるバトルはホラーゲームの金字塔であり海外でも大ヒットを記録した『サイレン』を想起させました。

ーー接続機器
 ただ、記憶映像の共有やスキャンに使われる本作の核となるシステムが、POVのインターフェースのみしか示されず、全体の仕組みが説明されていません。また、コンタクトレンズといった装着型か、プラグ、チップのインプラントといった身体侵襲型かは分かりませんが、基幹システムと生体とを繋ぐデバイスの紹介があれば作品世界にもっと入り込めたようにも思います。

ーー治安維持
 劇中では描かれていませんが、個人のプライバシー権が放棄された世界を読み解くと、「公共の利益>個人のプライバシー」という図式が見てとれます。隠したいことがある人は、倫理や法律に反する"やましい"ことがある人だけだといった発想でしょう。これは極端にいえば、犯罪者以外は何ら秘密にする要素がなく、かたや犯罪者の秘密は当然秘匿には値しない、というものです。
 もちろん、みだりに他人に私生活を晒されないというプライバシー権が重要なのは劇中世界でも同じことかと思いますが、もう片方の天秤に載る"公共の利益"をとても重視している社会であることは明白です。あらゆる犯罪が記録されていれば、冤罪などは生じようがないですし、記録ベースで必ず捕まりますので犯罪への抑止力は絶大です。誰からも生命、身体、財産を侵害されないという治安維持機能を最大化することと引き換えに、プライバシー権を"管理者"に売り渡したのだといえます。

ーーほころび
 こうした世界ではシステムへの信頼が絶対的な基盤となっていると思いますが、本作は、ANONの出現をきっかけにシステムの脆弱性が明らかになるさまが見所でもあります。ある登場人物の台詞である「全てが繋がった世界は全てが脆弱」という言葉は、作中世界への皮肉であると同時に、現代社会への警鐘でもあると思いました。

 総じて、本作は、SF作品もしくはアマンダ・セイフライドのファンの方にはおすすめ出来る映画であったといえます。
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