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マッキー/Makkhiのambiorixのレビュー・感想・評価

マッキー/Makkhi(2012年製作の映画)
4.4
本作『マッキー』は「主人公がハエになって自分を殺した男に復讐する」という、ただそれだけのお話。ハエが主役の映画といえば、ジョルジュ・ランジュランの小説を映像化した『ハエ男の恐怖』やそのリメイク作品『ザ・フライ』を否が応でも連想せざるをえないと思うのですが、ここに出てくるのはそういったいわゆるハエ人間のたぐいではなく、ハエそのもの。ひとりの女をめぐるトラブルをきっかけに殺されてしまった主人公ジャニはわれわれ観客が一般的に思い浮かべるであろうちっぽけなハエに転生、さまざまな知恵を振り絞って立ち回り、最後は自分よりはるかに大きな人間をぶっ殺す。さしずめインド版の「ダビデとゴリアテ」といったところでしょうか。
ところでこの作品、復讐ものであることには違いないし、序盤で主人公が殺されてしまう悲しい物語でもあるんだけど、この手の映画にありがちな陰惨さとはまったくの無縁で、なんならジャンル的にはコメディなんですね。ハエに転生した主人公がのべつ復讐相手に付きまとい、一歩間違えたら死ぬんちゃうかレベルの悪質なイタズラを仕掛けまくります。壁から突き出た突起物に向かって人の入ったサウナボックスを転がす、夜通し耳元でブンブン鳴いて寝不足にする、車の運転中に目ン玉の中に飛び込んで横転事故を誘発するなどしてやりたい放題。はっきり言ってめちゃくちゃ笑えるし痛快でもあるんだけど、途中からは逆にスディープ演じる悪役の社長がかわいそうになってくる。ハエに脳内を支配され、会議中に意味不明なたわ言をほざき始めたあげく取引先に愛想を尽かされるあそこのくだりにいたってはもはや「この社長ってここまでされなきゃいけないほど悪いやつだったっけ?」とすら思えてきちゃうもんな(笑)。れっきとした人殺しのクズなのに…。でも社長も社長で、ハエに命を狙われる身だというのに、タバコの火を消さずに寝てみたり、火のついた酒を飲んでみたりと、自分で自分の首を絞めてるようなもんなので、ある意味自業自得だったりする。
一見むちゃくちゃやっているように見えて、その裏では緻密に計算されたロジックが作品を下支えしている…といった構造はS・S・ラージャマウリ監督のフィルモグラフィーを一気通貫する最大の特徴でもあります。わけてもこの監督は「現実世界では絶対にありえない描写を力ずくで成立させてしまう説得力」がすごい。わかりやすいところでいうと、本作は「無力なハエが主人公です」かなんか謳いつつも、その実われわれのもつハエの常識からはちょいちょい逸脱していたりもする。針をつかんで地面に立てかけたり、バケツを持って長い距離を往復したりとかね。なんだけど、そのありえなさをラージャマウリは「ハエが筋トレをする」なんという、これまたありえないカットを何度も何度も積み重ねることで観客に無理やり納得させてしまう(笑)。身体を鍛えたハエならそういうことができるかもしれないな、なんてんでもってね。殺虫剤を特注のゴーグルで防ぐ設定もそうだし、「現実なら絶対にありえないけどこの映画の中ならアリなんだ」的なウソのつき方、リアリティラインの引き方が本当にうまいんだよな。さらにもう一つ、気持ちよさを増幅させるためのロジックというのもある。細かい描写、モチーフやフレーズの反復、随所に張り巡らせた伏線…などなどを丹念に丹念に積み重ねて、見ている側に印象づけ、それらを最高のタイミングで収斂させることによって絶大なカタルシスを与えると、こういうことをやっとるわけです。『マッキー』で代表的なのは、冒頭から出てくる銃、執拗に繰り返される火や炎のモチーフ、そして「焼き殺す」のフレーズでしょうか。
したがって、S・S・ラージャマウリはよく言われるような、ぶっ飛んだアクションシーンを脈絡なくパッチワークしていくアホ映画の作り手なんぞでは断じてなく、むしろその逆と言っていい。強烈なビジュアルの裏っ側には細部まで計算され尽くしたロジックがどっかと腰を据えている。個人的には去年見た最新作の『RRR』があんまり衝撃的だったんで、今後はこれが世界のアクション映画のスタンダードになっていくんじゃないかと確信したぐらいですが、雨後の筍のごとく出てくるであろうフォロワーに対しては「上部構造だけでなく下部構造もちゃんとパクりなさいよ」とアドバイスしておきたい。っていうか実際に『バーフバリ』に影響を受けて作られた『サーホー』という映画があるのだけれど(主演も同じプラバース)、これなんかは格好のサンプルで、ガワだけはハリウッド大作級なのに肝心のロジックがすっぽりと抜け落ちてしまった駄作でした。
って、話がえらい逸れてしまった…。ちなみに、去年の末から今日までだいたい2日に1本のペースで合計16本のインド映画を見てきたわけだけど、一番面白いなと思ったのがこの『マッキー』でした(次点は『PK』と『ロボット2.0』あたりかなあ)。文句なしの傑作です。
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