リッキー

再会の街でのリッキーのレビュー・感想・評価

再会の街で(2007年製作の映画)
4.5
1000本目。190414
『喪失からの出発と友情の物語』
コメディ俳優アダム・サンドラー渾身のシリアスな演技に感動し、何度も涙しました。

9.11の同時多発テロで妻子を失い、計り知れない哀しみと喪失感を抱きながら、ただ希望もなくその日を生きているチャーリー(アダム・サンドラー)。そんな彼を長い間音信不通であった大学時代の親友アラン(ドン・チードル)が偶然発見します。
同じ歯科医として活躍していたはずのチャーリーの変わり果てた姿に驚愕したアランは、彼を襲った悲劇を知り、彼の力になりたいと思います。
チャーリーはアランと対面しても、始めは誰だかわからない様子でしたが、アランと交流し、学生時代のエピソードを聞いているうちに徐々に彼のことを思い出してきます。

前半は奇行が目立つチャーリーとアランの友情回復がメインですが、後半にかけてそれまで事件について口を閉ざしてきたチャーリーの悲痛な思いが明らかになってきます。家族のことを語るシーンは涙が止まらなくなります

それほど心的外傷後ストレス障害は深刻な病で、チャーリーも相当苦しんでいます。彼のことを心配しているのはアランだけではありません。アパートの大家、親友だった会計士、精神科医(リヴ・タイラー)、義理の両親も力になろうとしますが、チャーリーの傷を刺激するばかりで救いにはなれません。
ついには義理の両親から「家族の写真を持ち歩かない、酷い人間だ」と罵られてしまいますが、彼は初めて「写真など必要ない。持ち歩かなくても、いつも彼らが近くに見えるのだ」と語りました。一時たりとも彼らの事を忘れられることなどなく、ずっとその思いを閉じ込め、独りで苦しんできた彼の心からの叫びは悲痛です。

チャーリーは、妻と最後に交わした会話を「台所のリフォームなんか」と喧嘩ごしに打ち切ってしまったことを、ずっと悔やんでおり、自宅の台所を何度も何度もリフォームし続けています。このエピソードから、9.11の事件後、ベストセラーとなった ノーマ・カーネット・マレック著「最後だとわかっていたなら」の詩が想い出されました。

このようにチャーリーのように哀しみを背負った人は大勢いることでしょう。事件や事故、または災害などで死傷者何人とニューズで発表がありますが、その数だけに驚くだけでなく、その数倍の遺族の悲しみがあることを忘れてならないと感じました。
チャーリーとの出会いによって、アランも変わっていきます。最後に同僚や妻に対して本音を語ったのは、自分も逃げずに心の内を明かそうと思ったからに違いありません。

アダム・サンドラーの演技はもちろんのこと、ドン・チードルも好演でした。相手の気持ちになって寄り添い、痛みを共有するという抑えた演技は、とても難しいと思います。チャーリーに言葉を選びながら、でしゃばらず優しく見守る姿に感動しました。

挿入歌は彼らの大学生時代に流行った70~80年代の楽曲が心に染みわたりました。
プリテンダーズの「Stop your sobbin'」、グラハム・ナッシュ「Simple Man」、ジャクソン・ブラウン「The Birds Of St. Marks」、ブルース・スプリングスティーン「Out in the street」、本作の原題は『Reign Over Me』はThe Whoの名盤「四重人格」に収録されている「Love,Reign O'ver Me」の一節から取っています。
劇中でも同曲が印象的に使われていました。

私は本作を鑑賞する前まで、こんなに素晴らしい作品だと知りませんでした。本作と出会えたことに幸せを感じ、メジャー作品でなくても良作は沢山あることに気づかせていただきました。だから映画はやめられません。まだまだ観るぞ!