Azuという名のブシェミ夫人

her/世界でひとつの彼女のAzuという名のブシェミ夫人のレビュー・感想・評価

her/世界でひとつの彼女(2013年製作の映画)
4.0
時代と共に生まれた新しい形の恋愛。
“愛”は目に見えないカタチの無いもので、それを感じる当人達だけの存在だから、もしかしたらこれもアリなのかもしれない。
人間同士のカップルにだって『えーーアノ人のどこがいいの?』だの、『あの二人が付き合ってるなんて信じられない』だの他人の恋愛にケチつける人はいるわけで。
相手が素行悪いとか借金まみれだとか、そういうので心配するなら分かるけど、自分がタイプじゃないとか理解出来ないからって気持ち悪いとか言う人たまにいる。
いやいや、アナタの話じゃないんだからほっといてあげなさいよって思う。
自分が共感し納得する事と受容する事とは、私は別モノだって思ってるから。

この物語の場合だと、彼女の肉体が存在しないというところが一つの大きなポイントで。
キスはもちろん、SEXだって出来ないわけです。
ただ、それを理由に拒否しちゃったら往年の『私の体が目当てだったのね』が遂に新時代突入か!みたいな。
SEXが出来なかったら恋愛に成りえないって言ってるみたいになっちゃう。

『人工的なものであってリアルじゃないから』って理由で拒否反応を示す人もいるでしょう。
でも、“幸福”は人から人へ与えられるものでもあるけれど、しかし同時にその“幸福感”、フィーリングだけはやはり当人だけが感じ得るものであって、己以外の者にはどうにも共有することなど出来ないものだと思うのです。
人工頭脳との恋がリアルなのか、リアルじゃないのかも同様に、当人達がどう感じるのかが問題では?
セオドアとサマンサにとってのあの結末。
サマンサがOSだったから、とは一概に言えない気がするのです。
『所詮はOSでしょ』って切り捨てるのは、『感情なんて所詮は脳の信号でしょ』って言っちゃうのと似てる気がした。

なんだか内向的なストーリーなのに、スパイク・ジョーンズが陽射しが降り注ぐようなキラキラとした作品に仕上げているから、無機質にならずほんのり温かい。
ちょうど人肌程度のぬくもり。
やっぱり私は恋愛においては人に触れて、ぬくもりを感じていたい。
私は、ね。
セオドア、あなたを否定したりはしない。