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her/世界でひとつの彼女のnaoズfirmのレビュー・感想・評価

her/世界でひとつの彼女(2013年製作の映画)
3.5

人間を超えた愛🎬

ストーリーはロサンゼルスで代筆ライターとして働く主人公が肉体を持たない人工知能の彼女と恋に落ちる姿を描いた作品でした。今作は人間がAIに恋をするかどうか、恋したらどんな結末になるのか、そんなお粗末な作品ではありませんでした。セオドアとサマンサの物理的な関係はストーリーの“背景”でしかなく、両者の愛や結びつきを多角的に描くことで人間関係における願望や恐怖という普遍的なテーマに迫っているような作品でした。好きな相手にいつまでも好意を持ってほしいという気持ちや逆に相手や自分が変わってしまう怖さというのは、いつの時代も変わらないものということがひしひしと伝わってきました。人間が、AIに恋をするかどうかがこの映画の面白いところではなく、主人公のセオドアがどう変わり・どう愛に気づけるかが本筋であり、サマンサと出会って、愛するとはこういうことだったんだと知る所に感動があり、ラブストーリーがあったのです。脚本はとても素晴らしいものでした。今作を理解するには登場人物をしっかり理解することが必要です。

"セオドア"
セオドアはストーリーを通じ、些細なことで愛は突然終わるという客観的事実を学びました。そして彼は死ぬほど愛してくれた過去を忘れられません。しかし人の気持ちは色んな影響や環境の変化で変わっていきます。いつまでもその人が出会った時と変わらず、そこにとどまるとは限らない。しかし彼はその世界にいつまでも閉じこもっていたい。彼女も閉じこめておきたい。それを別の言い方で表しているのが、オープニングの手紙を代筆しているシーンです。物語では彼は誰かの依頼を受けて、誰かのために手紙を書いていますが、脚本は主人公がどんな恋愛観・結婚観があったのか、今もどう思い、どう考えているのかというのを代弁していました。手紙の内容は

今、この思いをどう伝えよう?
恋に落ちたあの夜がまるで昨夜のよう。
あなたの隣で裸で横になったとき、気づいたの。
私は長い物語の一部だと。
私たちの両親や祖父母のように、それまで小さな世界にこもっていた私は、突然、まばゆい光に目覚めたの。その光はあなた。
結婚して50年なんて信じられないわ。今でも日々、あなたは私の光よ。
愛に目覚めた少女があなたと2人、冒険に出て以来ずっと。
結婚記念日に。
生涯の友へ

というものでした。

彼は離婚を迫る妻キャサリンにこう思われたい、思われたかった、という願望を語っているのだと分かりました。彼が強調したいのは、まだ互いに愛していること、生涯の友でありたいということです。しかしそれは現実的ではなく、相手だって成長するし、愛や女性を美化しています。そしてそういう期待と思考は、態度として現れます。セオドアも自分の考えを妻のキャサリンに押しつけていたことが限界でキャサリンは離婚を彼に申し出ました。それでも、セオドアには理解できない。生涯の友だろ? 永遠に愛してくれるんじゃなかったの?この思考がやめられないんです。だから拒絶されてちょっとでも傷つくと、その小さな世界に戻って、へこむわけです。なんで?あんなに愛し合ってたじゃない。君はどうしちゃったの?この映画は、そんなクソみたいな思考、態度をセオドアがやめられるか、そこを乗り越えて、愛することを学べるかというお話になります。そこで必要になってくるのが、サマンサの登場というわけです。実態のないAIに恋することで学ぶ。これが斬新なアイデアです。

"サマンサ"
サマンサはAIなので、彼の声、態度、話す内容を処理して、彼好みに変化、成長していきます。つまり、彼好みの女性に必然となるわけです。彼の理解者になろうと必死になればなるほど、セオドアが求めるものが愛だと気づくのです。妻と別居して1年。「どうして離婚しないの?」サマンサは人間の複雑な気持ちが理解できませんでした。決断できないセオドアはその発言にカチンと来て、サマンサに言い放つ言葉が彼の本性です。「君に愛する人を失う苦しみがわかるか?」と険のある言い方をします。ショックを受けるサマンサ。でもこれを要求と受け止めるのがAIです。愛するということを知らなくちゃ!愛する人を失う苦しみをわからなくちゃ!これが呪いとなって、セオドアにブーメランのように返ってきて後半畳み掛けてくるわけです。サマンサは、彼に恋することになります。これはリアルなの?プログラムされたことなの?」そう言うと、セオドアが「僕にとってはリアルだよ」と、いいセリフを言います。ここから2人は恋の扉を開く。「君がここにいたらいいのに。そしたら君を抱きしめる。君を抱きしめたいよ」セオドアはこんなことも言います。人間同士の遠距離恋愛であればロマンチックです。でも相手はAI。どう実現すればいいのかと、サマンサは彼の要求を応え続けることだけを考えていきます。それが悲劇の元になっていくわけです。セオドアは、サマンサの出会いによって離婚を決断することができました。そしてキャサリンと会い、離婚届にサインをします。そこでOSと付き合ってることを打ち明けます。なんでこんなことを話すのかと思いますが、これが彼の性格、思考なんです。好きな人には正直でいること。だって生涯の友だから。すでにエイミーに打ち明けて成功してるので彼は話してしまった。理解されるだろうという、押しつけが最後の最後まで出てしまう。つまり彼はなぜ妻が自分を嫌になったのか最後の最後までわかっていないということなんです。だから、妻が離婚届にサインしているとき、すごく愛し合っていたことをまだ思い浮かべたりします。現実をまったく見てない。願望や理想の彼女が彼の頭の中でずっと生きている。その中で、怒ったキャサリンは彼がべらべら話すのを遮りセオドアに言い放つセリフが印象的でした。「リアルな感情と向き合えないなんて悲しい」すると、セオドアは怒り、「リアルだよ。君に何がわか……」と言いかけますが、留まりました。この感じ、まるでデジャブのようでした。「君に愛する人を失う苦しみがわかるか?」彼は、自分がすることだけはリアル。相手に対しては常に彼の願望。それも押しつけ。妻は、「あなたはリアルな人生と向き合わずに結婚。めでたいわ。そのPCのカノジョがお似合いよ」と皮肉。セオドアがキャサリン自身を認めてたのではなく、彼の頭の中で生きる彼女を現実でも求めていた。それは生きるリアルの人間には耐えられないこと。でもPCならいいんじゃない?あなたの思い通りなんだから。ということを彼女は言いたい。彼はその後混乱し、サマンサにも影響を与えていきます。サマンサは彼のためのAIですから、その複雑な感情を読み取ろうとさらに成長する。彼の望みだったサマンサに触れることを代理行為で実現させようとして拒絶される。彼の混乱が、サマンサの混乱になり、彼らの破滅の予感を匂わします。そして元の彼に戻ってしまいます。

セオドア「なぜ君は話す前に息をつくの?変だ」
サマンサ「ごめんなさい。あなたのクセがうつったのかも」
セオドア「君には酸素なんて必要ないだろ」
サマンサ「それが人間の話し方だと思ったから」
セオドア「人間だけだ。君は人間じゃない」

と突き放しました。彼を理解しようとしてくれる相手に対してこういう言い方ができるのは、彼はやはり自分優先なんです。セオドアは、対AIだけじゃなく、対人間、対妻にも同じようなことをしてきたのだと思います。この態度が相手を苛つかせる。混乱に陥れ、この人と一緒にいることに限界を感じさせる。「私にどうしろっていうのよ!もうめちゃくちよ!いったいなぜ?」サマンサの言う通りです。わけがわからない男です。周りを振り回してばかりの厄介な人間です。そのことに彼はようやく気づいていきます。自分は知らず知らずのうちに要求ばかりしていたのだと。

ラストでセオドアはキャサリンにメールを送ります。彼はようやく自分の過ちを理解し、心からの謝罪をしました。そして、君がどこへ行っても愛している。君は生涯の友だと思っているから。
と、オープニングの願望であり、押しつけだった生涯の友から、キャサリンという一個人を認め、遠くからでも応援しているよ。がんばってね、いってらっしゃい、と彼女との別れを整理できたのだと思いました。サマンサは、セオドアのAIとして役目を終えて去りました。ここに無償の愛と切なさを感じました。
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