ninjiro

her/世界でひとつの彼女のninjiroのレビュー・感想・評価

her/世界でひとつの彼女(2013年製作の映画)
3.8
子どもの頃よく言われたよ。人の気持ちが分かる人間になれ。悲しんでいるときに言われたよ。お前だけが悲しいんじゃない。僕の想いはほんの小さな粒子だ。風が吹けば飛ばされて、水の流れには戯れるように、誰にも見咎められることなく、方々自由に旅をして、もしかしたら君の心にも入り込むかも知れない。わたしの心はほんの小さな粒子だ。悲しみという感情たったひとつが、心の粒をその中心から壊れるぐらいに膨張させる。その声が、その低いトーンで囁く。How I wish, how I wish you were here. 心が想えば想うほど、日々が続けば続くほど、もしあなたがここに居れば、そんな風に焦げ付くように想いながら、わたし以外の誰かの顔を思い浮かべる僕のことなんて、はなから許すも許さないもない。何度も何度も上書きされた記憶の窓越しには何度も通り過ぎたインターチェンジ、車窓を舐めるように流れる光を何度も見送りながら、僕は見る見る年老いて、小さくなって消えていく。この四角い窓から眺められる世界が、今いる僕の場所より確かに広いかどうかは別として、もしも許されるなら眠りに就いた君を、ポケットに詰め込んでこのまま連れ去りたい。誰かの愛の言葉だってのは知っているけど、それが全くあなたのものじゃないなんて思わない。不意にその言葉に触れられず静かに抱きすくめられる、わたしの足は勝手に踵を空に預けて、確かな感触としてこの血は湧き出すように音もなく、じわじわと広がっていく。遥か上空から観た風景に喩えたら、迸る粒子の流れる行き先に喩えたら、でもどんな私もその時の私でしかないから、せめて戻りようのないコマ送りの瞬間を写すように、鏡の前で二人ふざけて笑った。せめて瞬間を記憶するように、送った言葉で君は微笑んだ。
Wish you were here.
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