再会の街での作品情報・感想・評価

「再会の街で」に投稿された感想・評価

GreenT

GreenTの感想・評価

1.0
アダム・サンドラー演じるチャーリーは、911で奥さんと子供を亡くし、そのトラウマを乗り越えることができずに、その日暮らしの生活を送っている。ドン・チードル演じるアランは、成功した歯科医で、キレイな奥さんと可愛い娘が2人いる。

この2人は、歯科医を目指していた大学時代のルームメイトだった。ある日アランは街でチャーリーを見かけ声をかけるが、チャーリーはアランのことを憶えていない。しかしアランとチャーリーは、一緒に過ごす内に友情を育み、アランはチャーリーを救おうとするが・・・・。

・・・というのが、この映画の「目指す姿」なのだろうが、何一つ達成できていない。今まで観た中で、最低最悪の映画。ここまでダメだと思う映画もなかなかない。

まず、チャーリーが、ただの頭おかしい人にしか見えない。911で家族を失った、という設定に何ら意味もないし、元々どういう人だったのかって描写もないから、悲劇が彼の人生にどんなインパクトを与えたのかもわからない。

アランは、そんなチャーリーに対して、何もかも手に入れたキャラとして描いているんだと思うが、「・・・しかし実は彼は家庭でも息が詰まるし、仕事もそんなに好きではない」という設定でもあるらしい。

リヴ・タイラー演じる若い精神科医に時々道端で話しかけるのが、家庭問題で悩んでいることを示唆しているらしいのだが、セリフ回しが下手というか、なにも表現していないので、全く響かない。

チャーリーとアランは大学時代にルームメイトだったという設定なのだが、チャーリーはアランを憶えていない。そもそも15年も会ってない、友達でも何でもない2人なのに、何でアランはそれほど執拗にチャーリーを救おうとするのかわからない。なので結局、2人は一緒に時を過ごす内に心を開いていくという設定なので、この「大学時代に云々」というのは全く意味ないし、却って話がややこしくなる。

チャーリーとアランが時間を過ごすシーンも、いつまでたっても2人の距離が縮まっているように見えない。チャーリーは最後まで心を開かないし、アランがチャーリーを救いたい動機も全くわからない。

監督・脚本のマイク・バインダーはインタビューで、「アランがチャーリーに、家庭の問題を打ち明けるシーンが良い」みたいなことを言っているのだが、明らかに精神を病んでいる人に、突然今まで全く見えなかった奥さんに対する不満をぶつけるって、全くわけがわからない。

チャーリーの奥さんの両親がチャーリーを救おうとするのだが、この2人もなにがしたいのか良くわからない、というか、チャーリーもそんなにこの2人を避けることもないと思うのだが、どうやらチャーリーは、奥さんと子供のことを思い出したくないから、知っている人に会いたくないらしいのだ。

しかしチャーリーの描き方が、「思い出したくない」のか「ショックで結婚したことさえ忘れている」のか、どっちなのか全然わからない。

あと、アランの患者で、サフロン・バロウズっての?すごいキレイな女優が演じる、診療中にアランにおフェラをしてあげると言って、歯医者を出禁になる女が出てくるのだが、こいつの必要性が何なのかさっぱりわからん。最後、この女はチャーリーの恋のお相手になるのでは、と示唆されるのだが、2人とも精神的に危ういのに、無責任にカップルにして大丈夫なのか。

監督は「音楽も自分にとっては大事な要素だ」とか言ってるんだけど、音楽の使い方が全く刺さらない。タイトルの『Reign over Me』も、ザ・フーの曲から取ったタイトルで、愛を失った男の歌とか?全編に渡ってスプリングスティーンなどの曲を使っていて、歌詞がその時のキャラの心情を表しているらしいのだが、雰囲気として「何でこの曲なの?」って全く意図しているところがわからない。

チャーリーとアランがドラムとギターをプレイしながら悪ふざけをしているシーンとかあるのだが、こういう必要のないシーンが多いのに、チャーリーがそもそもどういう人だったのかとか、キャラ設定として省けないような必須な描写が全くない。

もしかしたら、こういう映画に「ありがちな表現」を避けているのかな?あまりに独創的過ぎて通じてないとか?

チャーリーが、電動キックボードでニューヨークを駆け回る設定になっているのだが、このニューヨークの街並みの映し方も、自己満足的で鼻につく。ニューヨークって本当に街並みが良くって、ニューヨーク舞台の映画では必ず街並みをバックグランドに見せ、それがやっぱりいいなあ〜って憧れるのだけど、この映画に関してはなんか、「こんなステキな街に起こった悲劇だったんだよ、911は。これを見ただけでわかるだろ?なにも説明することないだろ?」って言っているような高飛車な感じがする。

どうも監督は、「笑えて泣ける」感動的な映画にしたかったらしいのだが、深刻なところでコメディ的な音楽がかかったり、アダム・サンドラーの頭おかしい振りが、笑っていいのか深刻なのか、泣くところなのか全くわからない。これがiMDbでは、7.5/10と結構高評価なことに本当にビックリしたが、ユーザー・レビューの中に、「911が背景にあると言われるとそれだけで感動しちゃう人がいるからでは」って言ってる人がいて、あり得ると思った。
Coco

Cocoの感想・評価

3.8
同時多発テロで家族を失ったことがきっかけで精神的に不安定となってしまった方を取り巻くお話。観ていて苦しかった😭そういう方がまだ沢山いらっしゃること、テロが起こってしまったことに悲しさを感じました。観て良かったなぁと思います✨
残された人が1番キツイと思う。
友

友の感想・評価

3.8
同じ喪失でも悲しみの量は人それぞれ違うんだって事を教えてくれる映画。

9.11のテロで愛する家族全てを失くして
悲しみの量が多過ぎて忘れないと生きれないチャーリーと
その不幸は知っていてもどれだけ彼が苦しんでるかわからないまま友として彼を何とか救いたいと思うアラン。

正直、最初はよくある話だなと思った。
突然家族や大切な人を失った人は「忘れたくても忘れられない」とよく言う。
彼の心は全てを失った瞬間耐えられず忘れた自分を作った。
そうやって生き延びた。
そりゃそうだって思った。
それが防衛本能なんだそうだ。

それなのに周りは悲しみを思い出せ、もっと喪失を実感しようと勧めてくる。
あなたのためだと言って。
もしくは悲しむべきだと言って。
忘れるなんて薄情過ぎると。

チャーリーがすぐ精神科医だと見抜くシーンは、確かにイライラした。
会話のようでずっと質問してて
何が好き?どっちが好き?どうして好き?
どう感じる?何でそう感じる?と穏やかに質問責めをする。
グッドウィルハンティングとは大違い。
アランも途中でそれがチャーリーを追い詰めている事に気付く。

どうして自分と同じように悲しむべきだって思う人が多いのだろう。
同じ心なんて1つも無いのに。
チャーリーが夫婦に向かって話した悲しみの大きさに思わず泣けた。

どうしてこの話を映画にしようとしたのか伝わり辛いけど見てよかった。
男友達感が羨ましい。友達って大事。
△ 鑑賞記録
SkeeM

SkeeMの感想・評価

3.2
これは珍しく原題よりも邦題の方が良かったなという印象…。
登場人物がみんなどこかしらちょっとずつズレてるのが、案外悪くなかった。笑
優しさは無神経の裏返し。全員が自分の優しさをうまく表現できなくて、可哀想なチャーリーをトリートしようとするんだけど、だんだんとチャーリーにみんながトリートされてるような雰囲気になっていくのが滑稽でした。失うという深い悲しみを知っている人からしたら、波風立たない人生を生きる人の下らない家庭や自分自身の悩みが本当に取るに足らないこと。チャーリー視点で見るとそんな感じ??
チャーリーと判事さんの良い所を見習いたいと思った…。この映画が狙いたい観せ方じゃないと思うけど…笑
アダムサンドラーにますます惚れた
でも映画自体はそんなにかなぁ
アダムサンドラーの役も
ジョーク言ってるのか頭おかしいのか
解らなくてちょっと怖いの。
そっとしておいてあげようって事かな
りさ

りさの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

先日見た『告発のとき』と、直面する問題は一緒です。
『9.11』で妻子を亡くした一人の男の心の傷。
PTSD(外傷後ストレス障害)に苦しむ彼が、どのように克服していくのか・・・。
そんな映画です。
もちろん、完全に克服することなんて出来ないかもしれない。
でも、やはり人間の暖かさや支えあう心。
そんな心があれば、傷を癒していくことはできる。
淡々と進んでいく物語が、この映画の良さをすごく出しているな~って思います。
感動させる内容なのに、あえて感動させるように作ってない。
観た人に自分で考えさせるようにしている気がする。
とても重い題材ではあるけれど、何か暖かい涙があふれる映画です。
そして、いろんな場面をあとからじわじわと思い出してしまう映画です
1000本目。190414
『喪失からの出発と友情の物語』
コメディ俳優アダム・サンドラー渾身のシリアスな演技に感動し、何度も涙しました。

9.11の同時多発テロで妻子を失い、計り知れない哀しみと喪失感を抱きながら、ただ希望もなくその日を生きているチャーリー(アダム・サンドラー)。そんな彼を長い間音信不通であった大学時代の親友アラン(ドン・チードル)が偶然発見します。
同じ歯科医として活躍していたはずのチャーリーの変わり果てた姿に驚愕したアランは、彼を襲った悲劇を知り、彼の力になりたいと思います。
チャーリーはアランと対面しても、始めは誰だかわからない様子でしたが、アランと交流し、学生時代のエピソードを聞いているうちに徐々に彼のことを思い出してきます。

前半は奇行が目立つチャーリーとアランの友情回復がメインですが、後半にかけてそれまで事件について口を閉ざしてきたチャーリーの悲痛な思いが明らかになってきます。家族のことを語るシーンは涙が止まらなくなります

それほど心的外傷後ストレス障害は深刻な病で、チャーリーも相当苦しんでいます。彼のことを心配しているのはアランだけではありません。アパートの大家、親友だった会計士、精神科医(リヴ・タイラー)、義理の両親も力になろうとしますが、チャーリーの傷を刺激するばかりで救いにはなれません。
ついには義理の両親から「家族の写真を持ち歩かない、酷い人間だ」と罵られてしまいますが、彼は初めて「写真など必要ない。持ち歩かなくても、いつも彼らが近くに見えるのだ」と語りました。一時たりとも彼らの事を忘れられることなどなく、ずっとその思いを閉じ込め、独りで苦しんできた彼の心からの叫びは悲痛です。

チャーリーは、妻と最後に交わした会話を「台所のリフォームなんか」と喧嘩ごしに打ち切ってしまったことを、ずっと悔やんでおり、自宅の台所を何度も何度もリフォームし続けています。このエピソードから、9.11の事件後、ベストセラーとなった ノーマ・カーネット・マレック著「最後だとわかっていたなら」の詩が想い出されました。

このようにチャーリーのように哀しみを背負った人は大勢いることでしょう。事件や事故、または災害などで死傷者何人とニューズで発表がありますが、その数だけに驚くだけでなく、その数倍の遺族の悲しみがあることを忘れてならないと感じました。
チャーリーとの出会いによって、アランも変わっていきます。最後に同僚や妻に対して本音を語ったのは、自分も逃げずに心の内を明かそうと思ったからに違いありません。

アダム・サンドラーの演技はもちろんのこと、ドン・チードルも好演でした。相手の気持ちになって寄り添い、痛みを共有するという抑えた演技は、とても難しいと思います。チャーリーに言葉を選びながら、でしゃばらず優しく見守る姿に感動しました。

挿入歌は彼らの大学生時代に流行った70~80年代の楽曲が心に染みわたりました。
プリテンダーズの「Stop your sobbin'」、グラハム・ナッシュ「Simple Man」、ジャクソン・ブラウン「The Birds Of St. Marks」、ブルース・スプリングスティーン「Out in the street」、本作の原題は『Reign Over Me』はThe Whoの名盤「四重人格」に収録されている「Love,Reign O'ver Me」の一節から取っています。
劇中でも同曲が印象的に使われていました。

私は本作を鑑賞する前まで、こんなに素晴らしい作品だと知りませんでした。本作と出会えたことに幸せを感じ、メジャー作品でなくても良作は沢山あることに気づかせていただきました。だから映画はやめられません。まだまだ観るぞ!
私の知ってるアダムサンドラーではなかった、、!ただ楽しいおじさんではなかったんだ!

ただ、9.11である必要があったのかなーとは思います。
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