晴れない空の降らない雨

イカボード先生のこわい森の夜/イカボードとトード氏の晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

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 『シンデレラ』前年に公開された、オムニバス・シリーズの最終作。『トード氏The Wind in the Willows』と『イカボード先生のこわい森の夜The Legend of Sleepy Hollow』の2作から成る。前者は字幕・吹替ともに日本語で観る手段がない。原作の童話には『たのしいかわべ』というタイトルで邦訳がある。後者はファンの間では結構有名な作品で、こちらだけが日本語ソフト化されている。
 
 なぜ『スリーピー・ホロウの伝説』が一部で有名かは、実際に観れば誰でも分かると思う。これはトラウマムービーとして知られているのだ(まぁ、ホーンテッドマンションに登場することのほうが大きいかも)。クライマックスでは、ハロウィンの夜の森のなか、サーベルを掲げた首無し騎士と主人公のイカボード先生の追いかけっこが延々と続くのだが、これが本当に怖い。だが、そこよりも騎士が現れる前の長い恐怖描写がすばらしい。イカボード先生の怯える姿はコミカルながらも迫真である。とくに半狂乱になって馬と大笑いするところなどは、その後に騎士に殺されかかるシーンより恐ろしい。
 オチもスッキリせず、確かに子どもが観たら記憶に焼き付くことだろう。ディズニーの真骨頂は実はホラーにある、と言われるのも納得の出来映え。
 
 前半部分では、村の新参者で冴えない容姿のイカボード先生が、さまざまな特技で一躍人気者となり、美人のカトリーナと良い仲になるまでがミュージカル成分濃いめに描かれる。ちなみに女性たちに歌をレッスンするシーンは、どことなく『シンデレラ』を思わせる(『シンデレラ』には歌の先生が登場する案もあった。メアリー・ブレアによる)。『美女と野獣』のガストンっぽい恋敵ブロムが、イカボード先生を怖がらせようとして歌う《Headless Horseman》は、とても印象的な良曲だ。
 何より本作では、久しぶりに等身大の人間を、それも多彩にアニメートしている。本作のヒロイン、カトリーナはいわばシンデレラの習作のような存在といえよう。背景のスタイルもリアリズムに戻っている。ディズニーが長編をつくる能力を取り戻したことが窺える。
 レイアウトも斬新であり、チェイスシーンのサスペンスを最大限に高めている。首無し騎士が画面奥から手前に迫るシーンなどは手描きではかなり難しい部分だ。ここは『眠れる森の美女』や『王様の剣』でリサイクルされている。
 
 これでディズニーの長編は全部観たことになる。