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インターステラー2014年製作の映画)

Interstellar

上映日:2014年11月22日

製作国:

上映時間:169分

4.2

あらすじ

「インターステラー」に投稿された感想・評価

犬

犬の感想・評価

4.9
SF好きにはたまらない‼︎

ほぼ完璧ですね

ストーリーも雰囲気も最高‼︎
俳優陣もいいし、言葉にできないです
ただただ面白い‼︎というか好き

ものすごい衝撃を受けました
そして、泣いた
何回でも観たいです

感動あり、ハラハラあり、父と娘の愛あり
ワクワクした
いろんな要素があって深いです

大画面で観れたので、迫力もあった!
DVDも買った

やっぱりクリストファー・ノーラン凄いわ〜
もちろんジョナサンも
発想が凄い
極力CGを使わないのも凄い

パソコンやスマホばかりを見て、空を見上げなくなった現代に見て欲しい作品でもある

畑の雰囲気、宇宙の音楽良い
あと映像がキレイ

マット・デイモンファンとしては、彼がこの作品に出てるだけで嬉しい
登場の仕方とか役柄は、彼らしいというか何というか笑

終わり方も好きです

映画評論家の町山さんは、この作品はSF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」への挑戦であると述べた
私はそれを超えたと思う

残りの0.1点はちょっと長いかな〜
劇場で観たときは、終盤膀胱がヤバかったです...
いつもこれなんだったっけってなるけど本棚からでてくるやつです。
寝てしまいました
Anne

Anneの感想・評価

4.1
面白かった!!!
ゆうな

ゆうなの感想・評価

3.8
時空、次元、重力。難しくて理解が追いついていない部分も多いけど、何度も見返したいと思った。アマリアの「愛は時空を超える」という言葉がとても良い。
SFは途中から見ちゃダメ。
bluesmoke

bluesmokeの感想・評価

4.0
もしも息子と妻の視点がなければそれほど感動しなかったと思いますし、僕個人の領域では今でもそれは変わりません。クリストファー・ノーランのなかでは『メメント』や『インセプション』が強く心に残っていて、自己を成立させる要件が揺らぐような作品にどうしても惹かれるみたいです。

当時15歳だった息子がこの映画を大好きだと言うので「どこが好きなの?」と尋ねると、答えるかわりにピアノに向かってメイン・テーマ『First Step』を弾いたことがあります。感動のあまり繰り返し聴いて耳コピしたらしく、『ベイビー・ドライバー』の年齢を生きはじめた彼にとっては、言葉よりも音楽のほうが世界をよく映すのかもしれないとその時思いました。

いっぽう妻は壮大な宇宙ものに目がないため、もしもマーフのような娘がいたらという別のアプローチで尋ねてみたのですが、彼女は険しい顔になってこんなふうに言いました。たぶんわたしは嫉妬に耐えられない。

この一言には『インターステラー』の核心に迫るものがあって目の覚めるような思いがしました。そのためクリストファー・ノーランの描き出した「時間の視覚化」というこの壮大なスペースパノラマを前に、むしろ小さな父娘劇の顛末(てんまつ)を僕は面白く思っています。



妻が口にした一言から、彼女と出会って結婚し子育てしながら今に至るいろんなことを思い出しながら考えました。

娘とはいえ1人の女として父親に接していることを(妻もまたそうだったのでしょう)。父親が何を思いながら生きたかよりも、自分がどう思われていたかを彼女たちは終生の一大事として生きる。わたしがわたしでいるだけで、ただ1人の「このわたし」がどれだけ特別でいられるか。そのことを映し出す鏡のようなものが、彼女たちにとってのセックス(性)のように僕には思えます。

ですから行為をはさんだ男女の関係である必要はありませんし、生前いろんな話をたくさんした母との会話や、そのなかで母が見せたさまざまな感情を振り返ってみてもそうだったことが分かります。そして妻も。

いっぽう男にとってのセックス(性)もまた本質的には行為のことではありません。その在りようは女性と鏡像関係のようになっています。おれはおれから遠く離れることで、無数にいる「おれではないおれ」としてどこまでたどり着けるか。そのゼロ地点のような場所にこそ永遠はある。

男のひとが急いで行為へと走る理由は身体的な欲求によるものが大きいはずですが、無意識的な衝動としては、その永遠へと向かうゼロ地点を肉体的な直接性で感じとれるためだろうと思います(射精で得られる快感は無へとなだれこむカタルシスだとも言えます)。

僕の父はまだ生きていますが、成長過程で見てきた(うんざりするような)振るまいを思い返してもそうだったんだろうなと思います。そして僕自身や息子も。女性はそのことを直感的に知っているように思えてなりません。男性が目指すゼロ地点、そのカタルシスに「このわたし」は決していないということを。

男女それぞれにあるこうした傾向を言い表すときに、妻と僕との間で共有している考えに「精子・卵子説」というのがあります。男は精子の在り方によって、女は卵子の在り方によってだいたいの説明がつくというものです。哲学の1分野に身体論がありますが、その延長として僕が真剣な遊びとして考えたものです。

精子:無数にいる「おれではないおれ」
卵子:ただ1人の「このわたし」

このことを本作に適用するとこのように見えてきます。



自分が見捨てられたと思いずっと父クーパー(マシュー・マコノヒー)を恨んでいた娘マーフ(マッケンジー・フォイ/ジェシカ・チャステイン)ですが、この父娘が和解するのは彼女の部屋で父からのメッセージを受けとったときです。つまりそのときマーフは、父親にとってただ1人の特別な存在「このわたし」であることを確認できたからのように思います。会えないことも寂しいけれど、それよりも「このわたし」でなかったことに彼女は深く傷ついていた。

妻の一言がなければこの機微は僕には分かりませんでした。また妻が「もしも娘がいたら嫉妬に耐えられない」と言ったのも、「このわたし」の奪い合いになることを知っているからのように思います。妻である「このわたし」が娘としての「このわたし」に勝てるわけがない。たぶんそう感じているのでしょう。

いっぽう父クーパーは、ブラックホールという永遠のゼロ地点から娘にメッセージを送ることになります。未来の人類によって開かれた5次元というディメンション。この描写こそがやはり本作の最大の見所でしょうし、何度振り返っても面白く感じます。

僕たちが普段意識することもなく生きているこの世界は4次元です。縦・横・奥行きという3次元に時間という1次元が加わっているからです。しかしながら時間という次元を見ることはできない。もしも僕たちが3次元世界に住んでいたら立体として対象を見られないのと同じです。つまり絵画のように遠近感はあっても本質的には2次元になります(時間による移動が得られないため)。

この『インターステラー』では、時間が可視化できた場合にどんなふうに映るのかを壮大なパノラマのなかに見せてくれています(そのとき時間は多層的な空間になる)。

しかしながら今のところ僕の関心は父娘関係にあります。父娘とはいえそこに厳然として横たわる男性性と女性性。そのように小さな父娘劇としてこのシーンを観るなら、父クーパーは無数にいる「おれではないおれ」から娘マーフの「このわたし」に向けて、自身をどこまでも無化していっていることになります。父は男としてゼロ地点に永遠(普遍)を求め、娘は女としてただ1人の「このわたし」の特別さを求めます。

クーパーが発したメッセージは人類の未来のためにという「普遍」であったいっぽう、マーフがそのメッセージから受けとったのは「このわたしという特殊」だったように思えてなりません。ですから彼女にとってメッセージの内容はそれほど重要ではなく、「このわたし」に向けて父が語りかけたということが重要だったのだろうと思います。だからこそ彼女は父を許します(おそらくは女として)。



また父クーパーが老齢の娘マーフ(エレン・バースティン)に促され、アメリア(アン・ハサウェイ)のいる惑星へ向かうラストシーンも印象的でした。

3つ候補としてあった惑星のうち、唯一生存可能だったのがアメリアが「このわたし」を求めた場所だった(つまりは恋人がいる惑星)。普遍を求める理性よりも、結果として特殊を求める直感が正解だったという流れです。

ただしこれは女の直感や都合が勝利するという話ではなく、永遠のゼロ地点へと向かおうとする男性性(普遍)と、唯一無二であろうとする女性性(特殊)が交差する先にしか拓けない未来もある(もしくは今という未来はその交差の先に結ばれている)。

僕にはそんなふうに感じられるシーンでした。

ノーランがそう描いたかどうかは知りませんしまた興味もないのですが、僕のなかの男性性と妻のなかの女性性とが、この映画をそのように見せたとも言えます。言語よりも音楽の美しさに自己を解放した息子と、妻の直感的な一言が引き金となりました。
miso

misoの感想・評価

3.7
多次元的なヤツは観てると脳が疲れる‪w
正直、途中で「これはこういう事だろーなぁ」ってのが透けて見えるけど、本質はそこじゃない。

ラストに向けての伏線回収は、スピード感あって好きでした。

このレビューはネタバレを含みます

1回では意味がわからなかったので2回見ました。

初回は何だかよくわからないけど、ひたすら感動する映画。といった印象。

2回目は、始終涙がボロボロ流れてくるわ、ラストシーンの意味がやっと分かったわ、なんだか気持ちが追いつかず大変でした笑

ノーラン監督、本当に伏線回収が鮮やかすぎる!

特に最後の終わり方!一見ご都合主義かと思ったけどとんでもない!全部科学的に繋がってて驚きました。

エドマンズの星でプランBを達成した(一から人間を造り反映させた)ブランド教授によって発生した、未来人が生きる世界線。やがて5次元に到達した未来人は時間の理から外れたんですね。
そんな未来人の助けで、クーパーはマーフに重力の情報を受け渡すことが出来た。そう理解しました。
その御蔭でプランAも達成され、エドマンズの星へ人類が移住出来るようになったのですね。

星そのものが円になっている表現に、うわっと圧倒されました。
ラストが鮮やかだった分、虚無感がすごかった。
またこんな映画にめぐりあいたいです。
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