余熱

サタンタンゴの余熱のレビュー・感想・評価

サタンタンゴ(1994年製作の映画)
5.0
この映画を見たのは2019年12月28日だった。当時の私は映画を年に20本ほど見るほどだった。この映画を見たきっかけはたまたまレンタルした藤井道人監督作品の「光と血」が面白くて最新作で世間に評価されている「新聞記者」が見たいと思い、ネットで上映館を検索。するとシアターキノというミニシアターで上映していることが判明。ミニシアターに行ったことがない私は初めての経験にドキドキで胸を膨らましてシアターキノに足を運んだ。行ってみると上映しているのは「新聞記者」ではなく「i-新聞記者ドキュメント」だった。受付で今更やっぱいいですとも言えずラミネート加工がされて整理券を手にして入場を待った。映画自体はあまり好きではなかったが、商業映画にはない熱を感じまたミニシアターに来たいと思った。なので帰りに上映スケジュールを持って帰った。
上映スケジュールを部室で見ていると「サタンタンゴ伝説の7時間18分」という文字か飛び込んできた。すぐさま部員にコレ見に行こうぜと肝試し感覚で誘った。しかし、チケットは3000円を超えていて高かったこともあり誰も誘いに乗ってくれなかった。私は悔しかったのでサタンタンゴを見て超絶面白体験をして行かなかった部員を後悔させてやろうと映画を見ることを決意した。
12月28日客席は満員だった。後にも先にもシアターキノのB館が満席だったのはこの時だけだった。おばさま方が席に着くなり「あー怖くなってきたあたし最後まで見ていられるかしら」と話をしており私も不安になった。映画が始まると牛がのそのそと沼地を歩く映像が垂れ流された。「おいおいマジかよ」とこの先の展開が不安になった。私の不安は杞憂には終わらずワンカット長尺のどうしようもない汚いジジババの映像を延々と見せ続けられる。私は「あー帰りたい。時間をこんなに長く感じたことは無い。でも大金をはたいて見ているからには帰れない。辛抱だ自分」と思いながら時折腕時計の針を確認しながらスクリーンを見ていた。長かった2時間が過ぎインターミッション(休憩)が来た。トイレを済ませてから携帯を見ようとも思ったがここで見たら負けだと思い堪えた。
第2部大きく話が動くことも無く眠気に耐えながらひたすら次の休憩を待った。隣のお兄さんが船を漕ぎ始めたので「こいつみたいにはならん」と脱落者の姿に笑みを浮かべながら退屈な映像を見ていた。その時にはスクリーンに移る映像のことはあまり考えておらず、この後食べるご飯や最近何食べたか、こんなに無駄に過ごした時間はあったかなどを考えるようになった。インターミッションの文字が見えた瞬間の快感を超えるものは生きてきた人生の中でもトップクラスのものだった。お腹が減ったので用意しておいた菓子パンを食べた。
第3部は話が大きく動き始めあっという間に終わった。ラストの鐘の音は今でも耳に残っているほど衝撃的だった。こんなに早く話を進められるならもっとコンパクトにまとめろやと怒りに満ち溢れていた。監督がいたらボコボコに殴っていたことだろう。家に帰って布団に入ると時間の流れが映画の中と変わらないことに気がついた。人生とはこれほどまでにつまらないもので、映画には劇的なもの(藤井監督の『光と血』は劇的な話だった)を求めすぎていたのだと私は気がついた。さらに毎日が無駄の多いサタンタンゴのような人生を過ごしていたのだと気がついた。ここまでの影響力が映画にはあるのだと気づき私は映画を沢山見るようになった。この映画はこれまでに見てきた映画の中で1番つまらない映画で1番汚い映画で1番無駄な映画だったけれど、1番面白くて1番美しく人生にかけがえのない時間となった映画です。私の映画鑑賞の原点と言える作品です。
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