レインウォッチャー

インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌のレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

4.0
才能という呪い。
芸術やスポーツ、ビジネス、、、何かに少しでも挑戦した人であれば挫折の味を知っている。本当に成功する一握りの人間は、やはり努力では如何ともし難い「才能」を持っていると。というか、正確には努力を努力とも思わず継続できる力というのを「才能」と呼ぶんじゃないかとわたくしは思っているのだけれど…ただし、それがあるからといって必ずしも幸せとは言い切れない。自分だけではどうしようもない時代や境遇の巡り合わせによって、たとえ同じだけの能力であってもそれは翼にもなるし枷にもなるだろう。

この男は、どうやら音楽の神に愛される「才能」を確かに持っている。ただ、それがちょっとした掛け違えの積み重ねで結実せずにくすぶっている。時代背景的に、もう少し生まれる年代がズレていればもっとわかりやすい成功があったんじゃないか、というところ。そしてこの映画の何より見事なのは、そこから「ある運命的なきっかけでスーパーサクセスイェイ」だったり逆に「ズタボロになったけど田舎に帰って今は元気です」のようなドラマではなくて、「やめることすらできない」というぬかるみにスタックした状況を一貫して描いてくれているところだ。物語の中で彼はちょっとした旅をするのだけれど、行って・帰ってくる間に色々のたうちまわったように見えて、実はまるで少しも変わっていない。彼は才能があるが故に、運命のレールから降りることも許されないように見えるのだ。親友を亡くそうとも、金がなくなろうとも、父親が目の前で糞を漏らそうとも、運命が彼を音楽に引き戻す。もはや彼の意思を超えた何かが家族も恋人も排除したとしてもギターだけは手放させない。そして皮肉なことに彼のフォークはその度に美しい。
妹(姉だっけ)との会話で「もう疲れたよ」と彼は言っていたけれど、それは果たして誰への言葉だったのか。もしかしたら、かつて十字路でブルースを人間に授けた悪魔に対する嘆願なのかもしれない。

画面の色も特徴があって魅力的だ。彩度を意図的に抑えたオリーブ色の光が、自分はまったく知らないはずの60年代ニューヨークの曇り空を懐かしく思わせる。

もちろん暗いばっかりでもなくて、コーエン兄弟らしい黒めのユーモアもそこかしこにまぶされているので思いのほか軽く観れます。とことん口が悪いキャリーマリガンもいい味だし、ちょっとしたパトロンぽいお爺の家で歌ってたら奥さんが勝手にハモリ出すところとか死ぬほど笑った。そして何より猫、、鬱々としがちな画面の中でこの上ない癒しですね。スーパーかわいく撮ってる。