海

ノスタルジアの海のレビュー・感想・評価

ノスタルジア(1983年製作の映画)
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詩を器にして愛を書いているつもりだった。だけれどいつしか、ことばは愛、詩人は、その容れ物。記憶と記憶を足しあって現在という答えを導き出し、ゆらめく火の中で、あるいはめくられる水の中で、目をつぶり、魂は指さきを凝視する。夢の中で感じた恐怖も白昼に想ったあなたとの明日も、すべてが本物だったように感じられる。でも、視えるもの、聴こえるもの、語るものは、いずれ嘘に成る。みだれるでしょう、心は。言ってたでしょう、いつも。生に死を感じるほどに、まぼろしはまぼろしを生み続け、わたしはふくらみ育った。いつか春の日に頬を染める少女だったおまえ、いつか壊れたテレビのように開け放されるだろう茶色い眼、手をつなぐこどもたち、何年も前から止まっている時計。塩は光り、花束は沈み、からだを這っていた指は溶け、眠りに落ちようとするわたしの舌は、まわらなくなるまであなたの名前を呼び続ける。まばたき一つ、寝息一つが、夕方をばら色に染める、愛、かなしみ、拾えない、ノスタルジア。このような世界で、生きて死ぬのだ。 もう気づいている。なつかしさが、けして戻れない場所が、まぶたにくちづけをするからわたしは眠りに落ちてしまう、頬を撫でるからわたしは昨日のことを思い出し明日の予定を立ててしまう、うながされるままに何だってしてしまう。返答も幸福も要らない。あなたを愛するときわたしは幽霊となる。帰りたいという願いそれこそが、愛の涯てだったのだ。
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