Anima48

グランド・ブダペスト・ホテルのAnima48のレビュー・感想・評価

4.2
学生のころ、アルバイトでベルボーイをしていたことがある。人形のような制服を着てフロントの指示でお客様を部屋まで案内したり、指名を受けて街の様子をお伝えしたり結構かわいがってもらえたりした。僕は真鍮のドアノブを磨きあげてピカピカに光らせることに心血を注いでいた。ちょうどその玄関の屋根はグランドブタペストのひさしにそっくりだったことを覚えている。

古い失われた時代を思い出すかつてのベルボーイが語るコンシェルジェについての追憶を作家が聴き取っていくというスタイルで映画が進む。ホテルの中はまるで街並みだし、人は歴史の肖像画の様だ。登場キャラクターがが数多く出てきてスラップスティックな動きを見せてくれる

遺産相続、脱獄、開戦、殺人など割と重い出来事が続くはずなのに、絵柄が楽しいのか可愛さでコーティングされてるからか紙人形が息で吹き飛ばされるように人が死ぬのに楽しい、罪深いなあ。サスペンス、旅行、愛と目まぐるしく場面は変わり絵巻物ようだ。モンティパイソンの漫画のような画面の中央に俳優がいて、顔を向き合わせて話をするスタイル。絵本が連なっていくようにも感じる。動きは少しピッチが速く感じるように滑稽で、見てて飽きなかった。小ネタというかコントのようなシチュエーションコメディのようなエピソードが続いていく。少しルーニー・テューンズのような追いかけっこの箇所が楽しかった。また登山電車やエレベーター、ロープウェイなどが小ぶりでちんちくりんな形でトコトコ動くのが面白い。こんな感じで背景にでてくる建物や来ている服、フォントなどが、緻密なんだけど少し風変りな形になっている。舞台装置の様にデフォルメされた様子を目で追っていくだけでも飽きなかった。


画面サイズが変わっていく、メインのストーリーのコンシェルジェとベルボーイの不利い時代の冒険は正方形に近い画面で画面の動きが激しく色々な物が映し出されるけれどそれが狭い正方形にぐっと圧縮されるようになっていて、ちょうどブリューゲルが1930年代を描いたような世界を人々が動いているように見える。

ヨーロッパにあった架空の国の話だけれど、どこか東の国の史実が反映されているようだ、決して完璧なおとぎの国ではなくて、その時代なりの偏見や身分意識も当然ある。そしてナチスっぽい軍隊に2回、主人公達は旅路を邪魔され、2回目は悲劇的な結果を招く。それまでは少し能天気なおもちゃの兵隊のような描かれ方をされてた軍隊が2回目は洒落がわかる司令官がいなくなるなどリアルさを増しているあたりが、まるで黄金時代の終わりを描いているように見えた。 

そんな寂しいような展開もあるんだけれど、画面がケーキの上に載っている砂糖菓子の家のようなので、リアルな深刻さから少し離れていて、おちついて当時の様子に思いを巡らすことができた。それでも時代を降るにつれずっと画面を占めていた多幸感が薄くなり画面サイズも通常になったことで失った時代を想う喪失感や回顧感といったものが心を覆ってくる。洒落た紳士が行き交い活気のあるゴージャスなお菓子の城のグランドブタペストホテルも、がらんとして殺風景に色褪せていく、エンディングに向かうにつれ、旅が終わるような気がした。

まあそれも、エンドロールに出てくるコサックダンスのパラパラ漫画で気分転換できたけれど。

もう一度何も考えずにドアノブを磨いてみたい。
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