幽斎

インセプションの幽斎のレビュー・感想・評価

インセプション(2010年製作の映画)
5.0
私が映画レビューを書く原点と成った「インセプション」。最新作「TENET」鑑賞後に追記してるが現実的で無い映像を楽しむ、と言う点は同じでも「夢」と言う最も映画に相応しいプロット且つ映像化の難しいテーマに論理的にチャレンジ。本作がロジック・スリラーの最高峰なのは、今も変わり無い。

ミステリーで言うトリックより、物語のテーマを探求するシナリオが秀逸。劇場で見た時より自宅のTVも大型化してるが、やはり考察を伴うスリラーこそ、大画面と改めと思う。細部までハッキリ見える事で、意識が集中して見えなかったモノが観えてくる。「TENET」をMX4Dで観たが、音響設計が信じられない程素晴らしく、10年の月日の流れをテクノロジーでも感じた。逆に映像のハッタリ度では本作が勝る。カフェのシーンは今見ても本当に凄い。

他作品との違いはプロットのパースペクティブ。世界観は夢なので映画史に残る壮大なスケールなのに、行為は意外と小さい点に尽きる。「TENET」が世界の滅亡から人々を救う為のミッションに対し、本作は会社の競争に勝利するに過ぎない。ライバル会社を貶めるミッションに見せ掛け、世界経済を揺るがす陰謀へと繋がる、そんなストーリーが一般的ですが、その様なツイストが一切無い。請け負った仕事をやり遂げて終わり、ミニマムな物語と、マキシマムな世界観が並列で共存してる。

面白さ、それは私達が見る「夢」を論理的に描いてる事。そして哲学的な考察をモチーフにした事、この2点に尽きる。夢と対極に有る現実「思惟」をレイヤーとして示してる。第1層5日間、第2層100日間、第3層2000日間、第4層100年間。モルの台詞に依れば時空のディレイは20倍、下の階層に往くほど「夢」との境目が付かなく為る。それを映像で分り易く描いてるが、時間で換算すればリアルな人生よりも、夢の世界に居る方が長く為る。つまりレイヤーで生まれる「現実」の意味も問われる。脳が夢と現実を認識(区別)出来るのか?トーテムを回さないと分らない時点で、それが無意味だと悟らせる。

齎すのは「永遠の命」。現実の世界で眠りに付く、同時にレイヤーに深く潜り込む事で1晩で20年生きた事と同じ体験が出来る。目が覚めると若い自分に戻れる。10日眠れば200年生きた事に成る、つまり「不老不死」と同じ概念。しかも肉体的には老いて無い、サイトーを見つけたコブも若い。私は死ぬのはこの世で一番怖い。為らばインセプションで千年でも万年でも生きられるとしたら、それは幸せなのか?。理論的には潜在意識が強く為れば、体感時間の格差で精神が崩壊する。

真のテーマ「アリアドネの糸」。ギリシャ神話でテセウスのミノタウロス退治を助ける為にアリアドネが与えた糸。即ちコブに対する「正しい道への道標」。長い夢の世界で迷宮に陥ったコブに「結末」を指す。結末の解釈は2通り、1つは「コブのトラウマ解消」ミッションの中で、コブは自分ともう一人の自分と闘ってる。モルはこの世に居ないのに、コブの意識が投影したモルに邪魔される。つまりコブが居なければミッションは成功する。だからメンバーは協力して対決するお膳立てをした。この場合「死ぬと虚無に落ちる」の名言はフェイクと解る。2つ目は「全ては夢の話」コブの意識が投影したモルと対決する為、自分が設計したインセプションを仕掛ける。他の登場人物は全て潜在意識下の存在。アリアドネは本物で、設計図の結末へ導く目印。

2つの解釈に正解は無い。永遠に反復する人生、だからインセプション=発端。

これが10年前にブログに書いたレビュー。しかし、2020年の今年改めて観ると違った風景が見える。皆さん今年は過ぎるのが、早かったですか?、遅かったですか?。様々なイベントが中国ウイルスの影響で中止と為り、出勤せず仕事をする機会も増えた。外出せず旅行に行かない外食も控える。つまり、毎日が同じ事の繰り返し。すると「インセプション」同様に、潜在意識と体感速度の差に狂いが生じ「時が経つのが早い」と感じる事が増えましたが、皆さんは如何でしょう?。脳神経内科医の友人に依れば、子供の頃は毎日が未経験の連続で、脳内の処理が追い付かず、実体験が遅く感じる。大人に成るにつれ体験済みの事は早く処理出来る、これが加齢に依る月日が経つのが早く感じる理由。趣味を持つ人は、時の流れも緩やかに成る。実際の時間は同じですから、それだけ記憶が濃密に成るのだと思う、インセプションの様に。

【ネタバレ】トーテムは倒れる?倒れない?鑑賞済みの方のみお進み下さい【見ちゃダメ】

トーテムは倒れる「コブのトラウマ解消」説
夢の中のコブの子供達と、ラストの子供達では、着てる服装が違う。初見では分らない違いですが、エンドロールに子供が2人、計4人居る事が明示され、夢と現実を区別してる事がハッキリ分る。つまり、ラストシーンは「現実」で有る。

トーテムは倒れない「全ては夢の話」説
トーテムを回したコブですが、確認する事無く、自分の子供達へ駆け寄った時点で、ソレが倒れる、倒れないはどうでもよい、と考えられる。コブは雪山から移動するシーンで、罪の意識を吐露する。夢の中に逃げた自分と、都合の悪い現実に向き合う覚悟は、モルとの決別を意味する。コブはミステリーで言う「叙述トリック」信頼できない語り手なのだ。

正解は有りません。夢か現実かと言う事よりも、今歩いてる人生とは何なのか?それが重要だと監督は問い掛ける。瑕疵の無い鉄壁のスリラー、恐ろしい程素晴らしい作品です。
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