自由と壁とヒップホップの作品情報・感想・評価 - 7ページ目

自由と壁とヒップホップ2008年製作の映画)

SLINGSHOT HIP HOP

上映日:2013年12月14日

製作国:

上映時間:94分

3.7

「自由と壁とヒップホップ」に投稿された感想・評価

はるき

はるきの感想・評価

5.0
「誰がテロリスト?俺がテロリスト?ここは俺の祖国だぜ」

本作はパレスチナのヒップホップカルチャーを描いたドキュメンタリーである。まさに地獄のような環境の中で生活する人々の怒りや悲しみ、そして「普通に暮らしたい」という切実な願い。それらを詩的でさえあるリリックとビートを駆使して表現するアーティストたちの姿にヒップホップファンならずとも何か熱いものを感じるのではないだろうか。
個人的にはとにかく映画のもつ熱量に圧倒されてしまった。素晴らしい。
パレスチナのラップは今まで聴いたことがなかったが、ここまで仕上がってるとは予想できなかった。彼らの強いられてる環境に音楽で立ち向かおうとする姿に心を揺さぶられた。やはり、音楽だ。暴力ではない。イスラエル・パレスチナ問題は勉強すればするほど、話を聞けば聞くほど暗い闇に包まれてる印象が強くなってたが、そこに音楽があってこうやって希望を持って生きてる人がいることを知って本当に嬉しい。ここまで大きな影響力を持つようになった彼らには、国も下手に手を出せなくなるだろう。どんどん拡散していき、音楽でもって共存できる日がくることを切に願う。正直なところ、その日がくることを信じようにも信じることができないのが現状だが、彼らに大いに期待したい。
『壊された5つのカメラ』と共に観れば、パレスチナの人たちの思い、置かれている状況がよりよく分かる。ただ、あくまでこれはパレスチナ側からのドキュメンタリーであって、200%イスラエルが悪いとは言えないことを忘れてはいけない。
決して優れたドキュメンタリーではないが、映像や音楽から伝わってくるこの熱さは受け取らざるをえない
しかしドキュメンタリーとしての出来はイマイチとしか言いようがないのも事実
横川シネマにて。パレスチナ自治区で活動するラッパーを扱ったドキュメンタリー。場所やスタイルは違うけど、先日観た『マージナル=ジャカルタ・パンク』とも真っ直ぐに繋がる作品。すなわち、強大な暴力に対してアートで立ち向かう若者たちの物語。

本作に似た作品で、『ペルシャ猫を誰も知らない』(2009)というイラン映画を思い出した。そちらはストリートミュージックが未分化な様子が良く分かる内容だったけど、本作ではかなり成熟したヒップホップの存在を確認できる。なんといってもリリックの生々しさに、この地の地獄っぷりが良く現れている。映る景色も爆撃で破壊されたビルや銃弾で穴だらけの建物とか、ほんとハンパない。そしてあの高い高い壁。

現代のヒップホップって70年代のパンクに相当するものなんだなというのも凄く良く分かった。3コードさえ弾ければ誰でもパンクロッカーになれたけど、ヒップホップはマイク1本あればOKという敷居の低さ。そりゃみんなラッパーになるよね。

『ペルシャ猫...』もそうだったけど、本作も何故かMV的な映像がすごく多いんだよね。この共通点は何なんだろう。
抑圧された中で生まれる思想のあるラップ、情勢で変化する生活、
根強い差別文化。
Na_ncy

Na_ncyの感想・評価

4.0
パレスチナとイスラエルという政治的話題をすごくとっつき易い、ラップミュージックという視点で捉えていて入り込みやすい。ただ、たくさん出てくるアラブ系の名前が混乱を呼んで、私には誰がどこのラッパーか分からなくなりがちでした。
MunemotoAi

MunemotoAiの感想・評価

3.5
もっと歴史を、国際社会を学ぼうと思いました。
ひろ

ひろの感想・評価

3.5
反抗の音楽としてヒップホップってのは強い。
&y

&yの感想・評価

4.0
【2013/12/17:イメージフォーラム】パレスチナ問題の下に生きる若者たちと比べたら全くのぬるま湯暮らしなわたしたち。デモをテロ呼ばわりした件の発言なんかもあったし、これは今まさに日本人が観るべき作品じゃないかなあ。「テロリストは誰だ?」。本質は同じ。
厳しい状況下に於ける音楽の力なんて本当に微小だということを311を通して思い知らされたが、少なくともここではヒップホップで子どもたちに希望を与えている。「ヤクの売人」以外の憧れ職業としての「ラッパー」。その彼らが子供たちにかける「君らはテロリストじゃないよ」という言葉。その状況は想像を絶する。
「政治的なことは歌わなかった、人生終わっちゃうから。音楽で成功したかった。でも今は違う。ほんの少しの希望が見える、それに賭けたい。」この言葉にはグッときたけど、撮影から数年の今、残念ながら状況は変わっていないし、今後も難しい問題だろう。それでも「ヒップホップは歌い手の育ちによって、水鉄砲にも本物の銃にもなり得る」と語る彼らは、これからも平和的な銃を抱えて戦っていくのだと思う。
わたしは、わたし自身の「戦ってなさ」に後ろめたさを感じてしまって、眩しすぎる彼らを正視できなくなってしまったよ。言いたいことを言って、知りたいことを知るための戦い方を、ちゃんと考えないとね。
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