パンナコッタ

スター・ウォーズ/フォースの覚醒のパンナコッタのレビュー・感想・評価

4.1
star wars は人類が共有し得る一つの歴史だ。そして今作は歴史を一歩前に進まそうとした。

やはりスターウォーズは一大叙事詩(サーガー)なんだよな。と改めて再確認するすることになったのは、公開日である18日18時30分、世界同時公開されたstarwarsを観に行った翌日に旧3部作の第1部にして、壮大な物語の幕開けとなったスター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望を観ているときであった。この新作であるエピソード7を観ながら、田舎の惑星に住む主人公が、シリーズのマスコットキャラクターであるロボットに巻き込まれて宇宙の命運を背負い込むことになるところや後半に敵の宇宙船を破壊するために作戦を立てるシーンなんて、スターウォーズの王道パターンであり。もちろん今作もそのパターンを踏襲しているのは明らかだ。普通新しい映画に鑑賞者はやや身構えてしまうし、それはよくも悪くも期待を裏切られることを望んでいるのかもしれない。それでもこのスターウォーズは期待を裏切らない。ここまでかというほど裏切らない。いや待てよ。でも僕は今作を鑑賞し劇場を後にしながら、「starwarsぽくなかったな」と思ったのが最初の感想であった。これだけ偉大な歴史、伝統、お約束、さらには過去の主要キャストだって総出演だ。同窓会のようになってもおかしくない。そんな今作を見事に調理仕切って、一歩進めたのがjjじゃないか。その象徴的なキャラクターがカイロレンだった。これまでのメインキャラクターであるアナキンに似た繊細で情緒不安定なキャラであったが、アナキンは物語の枠内で善から悪へ堕ちていくことになり物語に一つの区切り(物語ではシスが宇宙に幅をきかせることになった)をつけたが、カイロは物語の外、つまりスターウォーズの歴史に一つの区切りをつけたと考える。だって考えてみると、この巨大なルーカスの作品、彼のイメージで作られたもので、天文学的人気を伴いひとまず完結したとされる。この作品の続編をやるなんて、監督にとってはどれだけ負担か。あのスピルバーグだって7の依頼にはお断りしたという逸話が残っているぐらいだ。そんななかjjは明らかに自分の色をだそうとしている。しかもなかなか狡猾に少しずつだ。映画を見ていると安心する。ああ、このお馴染みのパターンがきた。とそうなればむこうの掌中だ。王道パターンを土台にしながら少しずつ裏切っていく、そうしたシーンが連鎖していくうちにソロとカイロのあのシーンだ。彼がいままでのスターウォーズの歴史を一歩前に進めたということは認めざる終えないだろう。