OASIS

スター・ウォーズ/フォースの覚醒のOASISのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

2005年に公開された第六作目「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」で新3部作が完結してから10年ぶりに製作されたSF映画の金字塔「スター・ウォーズ」のシリーズ7作目。
監督はドラマ「LOST」や「スター・トレック」シリーズ等のJ・J・エイブラムス。

日本最大規模と言われるEXPOCITY内の109シネマで、これまた日本初の「IMAXR WITH LASER」シアターでIMAX3D字幕版を鑑賞。
視界にはスクリーンしか存在していない状態で圧巻の没入感。
周りの全てが遮断され、視覚も聴覚も研ぎ澄まされたような状態の感覚は癖になりそうだった。
予告で観た「ザ・ウォーク」も「オデッセイ」もたぶん此処で観るだろうな。

本作は、旧三部作の最終章である「ジェダイの帰還」から約30年後を舞台に描かれる、新たな3部作の第1章である。
旧三部作が公開された時期はもちろん産まれていないのでリアルタイムでは新三部作からしか追えていないが、映画好きになったきっかけとして重要な作品ではある。
第一作目からリアルタイムで観てる人というともう40代とかになってしまうので思い出補正というか懐古主義的な面が強いとは思うが、そんなうるさ型の熱烈なファンや本作が初めてというにわかファン(ファンと呼べるかは疑問だけども)のどちらも単純に「映画本来の楽しさ」を感じられる作品だったのではないだろうか。
間口の広さがあり奥行きの深さもあるという新旧ファン全てに配慮した作り。
僕は何より、テーマ曲と共に画面下から上へと流れるタイトルロールが3Dで観られるというだけで感涙してしまった。

ストーリーの展開としては、悪側のファースト・オーダーと善側のレジスタンスとの戦いに巻き込まれて行く一般人という「4」のプロットをそのままなぞったかのような話運び。
そこにシリーズ初となる女性主人公のレイと、これまたシリーズ初である敵側から脱走したストームトルーパーの一人・フィンとレジスタンス側の凄腕パイロット・ダメロンが実質的な主人公として物語を紡いで行く。
旧三部作の主人公であるルーク・スカイウォーカーの居場所を記した地図を手に入れるというシンプルであり重要な目的の為に戦う訳だが、肝心のルークが最後の最後になるまでなかなか姿を現さないのでさぞモヤモヤする展開になるかと思いきや、ハン・ソロとチューバッカが現れて主人公顔負けの活躍を見せてくれるのでルークがそっちのけでも全く気にはならなかった。
何ならハン・ソロがシリーズでも一番好きなキャラクターなので過去の遺物となったミレニアム・ファルコン号が画面に初めて登場したシーンだけでもゾクゾクと来たし、確実に年を重ねたハリソン・フォードが現れた時も過去作との対比で自然にウルウルとしてしまった。
もはや生ける伝説となったハン・ソロから語られる「ジェダイ」「フォース」「暗黒面」と言ったフレーズは、それまで狭い世界でしか生きてこなかったレイを否応無く奮い立たせ、それと同時にハン・ソロが重要な役目を担っているという感慨深さもある。

今作の悪役として君臨するダース・ベイダーの意思を継ぐカイロ・レンはまさかのハン・ソロとレイアの息子という設定。
ルークがハン・ソロから託されジェダイの後継者として見出されていたにも関わらず、敵の親玉であるスノーク将軍の手によって暗黒面に落ちてしまったという中々の業の深さであり、実質的に今作はその親であるハン・ソロが主役と言っても過言では無いだろう。
思えば、ルーク三部作もアナキン三部作も、親から子へと力と共に運命が受け継がれて行く物語でもあったのでシリーズの伝統とも言える。
また、彼に付けられた本当の名はかつてルークの師であったオビ=ワン・ケノービと同様の「ベン」であり、親と子、師と弟子という関係性がシリーズを通して脈々と受け継がれているというのも表している。
ただ、常に落ち着き払っておりどっしりと構えていたダース・ベイダーに比べると、今作のカイロ・レンは直ぐに感情的になりセイバーを無闇矢鱈に振り回したり、積極的に戦地に赴いて自らの手で早急に事態を収拾しようとする等、光と闇の狭間に居る故の自らの未熟さに対する焦りや苛立ちという面が強く見られたように思う。
その為、初登場時ではその圧倒的な力でいかにもな強敵に思えたのだが、後半になってハン・ソロとの親子関係や生い立ちなどが語られると途端に悪役としての魅力が喪われて行くように感じた。
カイロ・レンを演じたアダム・ドライバーがかなり中性的な顔立ちをしていてオネェみたいな印象だったのもその要因で、善と悪どちらにも揺れ動きそうな心体両方の未熟さという意味ではベストな配役だが、マスクを取った瞬間のガッカリ感はどうしても否めなかった。

スターウォーズの世界観に欠かせない異種族の造形やメカデザインは過去作を踏襲しながらも現代的にアレンジされているし、飛空挺のチェイスやライトセーバー同士のアクションは、割りとモッサリとしていた印象の過去作と比べるとそれはもう映像的にも見せ方的にも格段に進化しているのは明らかで。
それに映画のテンポ的にも、間延びする部分をこれでもかと削ぎ落とし次々と物事が展開して行く無駄の無さでシリーズ随一のスピード感が感じられた所も魅力であった。
メカも、これまでのR2-D2が素っ気ない猫だとしたら今作のBB-8は人懐っこい犬のようでペット感覚で可愛いし、人口知能的な物でも組み込まれているのか人間の話す言葉に的確なユーモアを交えて返すというお茶目さと愛嬌が愛おしかった。

カイロ・レンやBB-8等の新たなシンボルとなるキャラクターを配置しつつも、R2-D2やC3-PO、レイアやハン・ソロという過去作からの英雄達を登場させ過去と未来のシリーズを繋ぎ次作への橋渡しをする、などというとんでもないプレッシャーの中でその仕事をやり切ったJ・J・エイブラムスには賛辞の言葉しか無い。
「スタートレック」等でも顕著だった、それまでのシリーズの美味しい所だけを抜き取って高いエンタメ性を持ちながらも随所にファンへの目配せ的な部分を散りばめるというような作家性が今回はこれまで以上に活きていたと思うし、業界でももはや新シリーズの第一作目はこの人に任せておけば間違いないというような職人監督としての位置を完全に築いたように思う。
カイロ・レンと同じくハン・ソロの娘と思われるレイや幼い頃に攫われたというフィンの仄めかされた過去、レイとルークが対面を果たすオチの部分については完全に次作に持ち越しとなって「後は任せた」という投げっぱなし感はあったけども。
ハン・ソロを退場させてしまった事についてはもちろん賛否両論はあると思うのだが、長々と続いて来た伝統を断ち切るという意味ではそこは英断であったと思う。
最も愛すべきキャラクタであったので、その判断は非情にも思えて複雑な心境になってしまったのだが...。

レイ役のデイジー・リドリー、フィン役のジョン・ボヤーガ、カイロ・レン役のアダム・ドライバー、そしてポー・ダメロン役のオスカー・アイザック等新キャラクターは殆ど新人で構成されていて、そこにハリソン・フォードやキャリー・フィッシャー、マークハミル等のベテラン勢が加わる事によってこれが「受け継がれて行く物語」である事を実感させてくれる。
旧三部作のファンであればあるほど、年齢を重ねたハリソン・フォードとキャリー・フィッシャーのやりとりでいちいちしんみりとなるし、当時は「レイア姫って何か不細工じゃない?」と散々に貶されていたというキャリー・フィッシャーも見事に美しい年齢の重ね方をしており寧ろ年老いた現在の方が美人に見えるくらいだった。
そして、イコ・ウワイスやヤヤン・ルヒアンのまさかの「ザ・レイド」枠からの参戦に驚いた。
ルヒアン兄貴から滲み出るホームレス感はたとえバリバリのSF映画であっても隠し切れないものなんだなと思った。
今回は借金に追われる側から借金取りに昇格していて、確実に業界内で地位を上げて行っている気がした。

次作の監督は「ルーパー」のライアン・ジョンソン、そして次々作の監督は「ジュラシック・ワールド」のコリン・トレボロウだそうで。
世界観を統一するという意味では同監督が全て担うのが望ましいとは思うのだが「ミッション・インポッシブル」シリーズでも「007」シリーズでも毎回変更になったり続投したりと伝統が変わりつつあるので、時代の流れと言うべきか。