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家路のotomisanのレビュー・感想・評価

家路(2014年製作の映画)
4.1
 原発事故の放射能汚染で立ち入り禁止となった実家に20年ぶりで戻った男が、耕作が途絶えて4年目の水田で稲作を始める。
 ひょっとすると本当にこんな人がいるかと思いネットで探すが見つからない。むしろ、自主避難すれば被災対応と認められず、汚染が低レベルであるとして、除染も受けられない農家のさらに風評被害で農作物も売れないでいるという、被災の線引きの僅かに外と認定されたせいで暮らしがかえって安堵されない矛盾が起きている等々。この映画を観た結果、物語とは正反対の事情のこんな人たちのことまであらためて知ってしまった。
 それだけではない。この10年で見聞きしたそのほか何十万通りの困難に出会った人たちも、知ってしまった自分もどうすればいいのだろう。その自分は爆発の日の夜、気流が爆心から東、南、西、北へと転じ埼玉上空を通過した放射性物質が福島に行き着いた事に安堵してしまったのだ。

 汚染地区は生活不可。無許可で入れば違法で罰則には罰金や拘束もありうるとなっている。たぶん、それだから誰も違反しない。犯す事は許しがたいのだそうで、20年ぶりの沢田次郎は中退した高校の同級生キタムラからさらに、「置き去りにする者の身にもなってくれ」とぼやかれる。嫌味な物言いだが、確かにほかに言いようがないかもしれない。沢田次郎はこれに、「置き去られるんじゃなくて、誰もいなくなった後に入って来たんだ」と応じる。

 この「誰もいなくなったから戻って来た」という事情は沢田次郎にとっては、原発事故とは無関係な事で、20年前、高2の次郎が直面したこの部落との確執に由来する。
 ただし、その確執となる事件の本当の張本人は兄で、兄は目を掛けられたい一心で町議の父のためお門違いな事件を起こし、その父はきっと外に作っていた二号さんだったんだろう次郎の母を後添いとしており、次郎を産んだ母は父が外聞を気にしたのか部落の衆から遠ざけ続けてまるで「村八分」の扱いだという。
 村八分の倅、次郎がさらに兄の罪を着て、その落とし前で我から村を去り、音沙汰なしで20年して、野に還りつつある田畑や死んだ牛、山も川も「もう誰も人はいねえぞ」と呼ばれたんだそうだ。次郎はやっと原発事故の所為で戻って来れたわけだ。

 次郎に村との確執がなくても、高校を出れば進んで村を出て行ったのかもしれないが、村八分な母親を残して本当に出て行けたろうか?しかし、20年のだんまりには表には出せない深い怒りが籠って感じられる。だから、20年目次郎は兄、総一をこころの底から殴り倒して応じなければいけない。それを監督はどうやら、念願の帰農で次郎に相殺させたらしい。
 しかし、この物分かりの良さは次郎の次郎らしさともいうべきなのか。そのむかし、自然を守るための秘策として人がいなくなればいいと示した次郎だが、小学校の教室でいう「自然」とは目の前の里山のような人が関わりながら自然に再生される環境、資源という事で、大気や海洋の大循環とオゾン層の話ではない。人間の利用が前提の事なのはいうまでもなく、人がいなくなれば、と答えた時点で「村八分」の倅、次郎には同類としての人間が回りにいない事を暗示させていたのだ。
 高2で抱えた確執は、同じヒトではない兄も父もこの村の衆も切り捨てる格好の機会を提供してくれた、それだけの事だったのだろう。それを相変わらず今も次郎は引き摺っているのだ。この件も原発とは何の関係もない。

 他とは相容れない芯を持つ次郎がこの地で生きることにするのを周囲はどのように誤解するだろう。金銭闘争の村の衆、行政、報道人、娯楽のネタをあさる人、ネット住民、うわさ好き、いろいろいるだろうが、気にしても始まるまい。どうせ次郎の耳には届かないし、彼らの好奇の眼も立ち入り禁止を犯してまで及ぶ事もあるまい。
 むしろ、次郎の消息など知る由もない、昨日までの次郎に身近だった人々にとって路上生活と放射能生活とリスクはどちらがましで、どう違うと思えるだろう。比較の問題となるのか?それとも単に路上のリスクを捨てて低レベル放射能のリスクを取っただけと受け取れるかもしれない。
 あるいは誰からも危害を加えられない、雨風をしのげる場所を得るだけでも幸せじゃあないか?それに耕作の心得があるなら、あとは連れ合いがウンと言いさえすれば立派な一家じゃないか。だから、キタムラにオンナを連れてこいと吹っ掛けるんだが、頭を下げたって汚染地に誰も来るはずがない。このことは次郎も承知の上だろう。仮にだれかやって来ても放射能は彼らをやがて不稔にし、子を儲ける事は叶わないか、遺伝子損傷のリスクを高め、親も子も寿命だって縮める事になるだろう。

 百姓なら、この地を五百年かけて守ってきたように代を重ねて育ててゆく。だから、総一は次郎を「ばかたれ」だという。この地を継ぐ者もなくて、ただ生きるだけだろうがと咎める。
 「それよりなぜ俺と一緒に出直してくれないんだ」とは言えない。この兄はこの村八分の弟を20年ぶりに嫌ってなかったと確信できたんだろう。そして、どこでもいい、耕せるなら、新しい土地を耕して自分の耕地にしようとやっと決心が付くのだ。
 いづれ次郎は強制排除されるから、その時一緒に耕す土地を自分が先に出向いて用意しようと思うのだ。そうしなければ、ひょっとするとノブアキのように誰かを恨んで死を選んでしまわないとも限らない。

 いつの間にか総一の話になってしまったが、磐城のこの地で代を重ねられない次郎がその意味で百姓に値するのか?少なくともここを耕して生きて死んでゆくつもりとは分かったが、もっとより良い生き方が無いのか。高校中退で20年、村の外でひとり生きてきて、汚染の地を耕す事よりも何一つ勝る事が無いのか。それを不毛というなら、次郎にとって原発事故がもたらした不毛以上に日本は不毛な世界であるという事になる。

 日本にはいないかも知れない次郎だが、チェルノブイリにはいる。立ち入リ禁止区域に百人のばあちゃんらがそれぞれの家で昔ながらの暮らしを続けているという。ばあちゃんばかりと云うのは彼らが周りの森の木の実、くだもの、きのこの採集や食品保存にも精通していて暮らしの支障がほとんどないため。放射能についてはよく分からないが、避難住宅の部屋では呼吸も止まるという。
 当局はこれを黙認し保健婦が定期巡回して御用聞きにも当たっているという。その模様はドキュメンタリー「チェルノブイリのおばあちゃん」(2015. 制作:Holly Morris(米). 放送:NHK)に描かれている。れっきとした被災者の彼らは、希望すればいつでも被災者住宅にも入れるし、医療も受けられる。しかしとうとう動けなくなるまで誰もそうしない。それから8年、戦争まで始まって、みなどうなってしまったろう。
 日本でただひとりの次郎はこのあとどうなるだろう。監督はその後を問う事には目的をおいていない。ただ、政府のカネを一文も受け取っていないから何の気兼ねもなく帰農できるはみ出し者、次郎の本懐を告げるだけである。ならば磐城の百姓がどうなるかは愚図で姑息な総一に掛かっている。
 署長に向かって国は土地も牛も攫っていって盗人同然だと毒突き、金銭闘争の村の衆にはカネがあれば済むのかと問い、無償で使える農地は他国同然の南会津かと逡巡し、元の水商売に戻っても自分に鞭打つように気持ちを奮い立たせて止まない細君には足手まといにされても、耕作地を取り戻せば百姓が甦るんだろうか。
 おっかさんはあのウチに骨を埋めるのだろうか。磐城から追い出されて次郎はサバイバリストで消えるのか、それとも会津にやって来るのか。そうすれば、きっと今度こそ兄弟で百姓になれるだろう。そうなれるならそこがどこでもその土地に従えばいい。磐城が五百年なら、会津で千年生きればいい。