クロ

愛の嵐のクロのレビュー・感想・評価

愛の嵐(1973年製作の映画)
4.5
第二次大戦中のポーランド。強制収容所におけるナチス親衛隊員マクシミリアンは数えきれない囚われ人の中からひとりの美しい少女ルチアを見出す。彼女は見捨てられた人々の羨望と妬みと嫉みと絶望を一身に受ける。彼は彼女を天使と呼ぶ。彼女のためにあつらえた淡いベージュのワンピースを繊細な手つきで着せる。傷ついた少女のニの腕に口づける。翻って卑しい性の衝動を高圧的に少女に押し付ける。少女のまなざしは冷たく揺るぎなく彼を刺す。業火が猛り人々を呑み込む炉の傍ら、静かな暗い一室で情交を重ねる日々。いつしか収容所という常軌を逸した状況が二人の間に狂った情動を生む。

劇中、ルチアは親衛隊員向けのクラブにSS用制帽、上半身裸にサスペンダー、黒皮手袋、紳士用スーツのパンツ姿で現れ、ディートリッヒの「もし望みあらば」を唄う。

『私が愛するのは生きるため
そうでなければ楽しむためよ
たまには本気で愛することもあるわ
きっといいことがありそうな気がして

何が欲しいと聞かれれば
分からないと答えるだけ
いい時もあれば悪い時もあるから

何が欲しいと聞かれたら
小さな幸せとでも言っておくわ

だってもし幸せすぎたら
悲しい昔が恋しくなってしまうから』

伴奏はアコーディオンを軸にしたバンドネオン。青ざめたサロン。聴衆は亡霊のようなSSたち。聖書のサロメの引用と再現。なんという忌まわしさ、退廃、淀んだ空気。そしてそれを美しいと感じてしまう私。

時は経ち、戦争は終わる。マクシミリアンは戦犯の告発から逃れるため身を潜め、ホテルのポーターとして暗がりで細々と暮らす。ルチアはオーケストラ指揮者の夫人として不自由の無い日々を送る。その二人が再会する。彼女は破綻を予期し躊躇いつつ、ついには彼を訪ね情事に溺れることを選ぶ。彼女の身を賭した欲望への投身は獣じみて壮絶である。その心理は男性である私にははかり難い。籠城を続けた二人は死を受け入れ正装する。二人が出会った時と同じく、マクシミリアンはSSの制服、ルチアはベージュのワンピース。彼らの関係は奇形の父と娘のようでもあり、決定的に愛とは異なる鎖で分かちがたく結ばれてしまったのだ。蜜月の部屋を出た彼らに光は射したろうか。

聖書マタイ4章7節「種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて塞いでしまったので実を結ばなかった。」のことを考えている。
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