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ラブホテルのardantのレビュー・感想・評価

ラブホテル(1985年製作の映画)
5.0
【いつかこの映画を思い出してきっと泣いてしまう】

1971年から88年まで、日活ロマンポルノは、数多くの名作とその後の日本映画を支える映画人をきら星のように輩出した。その後期の代表作のひとつがこの作品で、監督は相米慎二。この作品をつくる段階で、すでに『魚影の群れ」などの名作をつくっていた。彼が映画という職業に最初に入ったロマンポルノへの恩返しだったのかもしれないし、撮りたかった題材だったのかもしれない。

寺田農演じる男(村木)が身も心もボロボロの絶望的な状態でデリヴァリー嬢と客との関係で出遭った一人の女(土屋名美)。男はその時、その女に、心的な面で救われる。

数年後、その女と、タクシー運転手と客として出会う。不倫相手のマンションから出てきた女を乗せ、女の要望で、横浜へ向かう。ラジオから流れる山口百恵の『夜へ』。降りて埠頭に向かう女に男は言う。「この辺じゃ帰りの車拾えませんよ。お待ちしますか」。女は答える。「いいの、海底の人魚の国に帰るのだから」。そして、ちょっとしたきっかけから、男はあの時の心情を告白することになる。女はおぼえていなかった。女にとって、学生時代の小遣い稼ぎでやっていたバイトの客の一人でしかなかったのだから。

あの夜の埠頭での昼間の再会。村木は名美にプレゼントするため『夜へ』が収録されたLPを持って、あの夜、名美のなくしたという星形イヤリングを探す。ちょっと、心が通い合う。もんた&ブラザーズの『赤いアンブレラ』が流れる。

一度だけ訪れた村木のボロアパートを、野菜の入ったスーパーの買物袋を持ってうれしそうに訪れる名美。しかし、村木はもうそこにはいなかった。落胆して、アパートの階段に佇む名美。その時、童謡『赤い靴』を唱いながら、借金から逃れるために離婚した村木の元妻が鉢植えの入った白いポリ袋を手に、村木を訪ねるために、アパートの向いの坂道の階段を降りてくる。
バックに『赤いアンブレラ』が流れるこのシーンの構図がたまらなく好きだ(別れた妻を演じた志水季里子は、その演技を絶賛された)。
帰りの坂道の階段を昇る名美。すれ違う二人。すれ違った後、お互いに振り向き、眼を合わせ、無言のまま、また振り返って別れていく。そして、なぜか、子どもたちが現れ、桜吹雪が舞うエンドロールが終わる。
この余りにも美しいラストシーンを見る度に、私は落涙してしまう。

原作、脚本の石井隆との衝撃的な出会いは『天使のはらわた赤い教室』(1979、曽根中生)だった。それは、当時の私が全く知らない世界だった。
村木と名美が作品毎に、違った形で表現される異形のラブロマンス。それもエロ劇画の世界で。
石井隆の描く村木は、どの作品でも、社会的にみるとどうしようもなくだめな男で、人生の敗残者だが、何故かどこかやさしくて、温かい。
そして、名美は村木にとってはどの作品でも天使だった。どこまで堕ちていようが、よごれてなんかいなかった。
石井隆は、そこに男のある種の願望と渇望をみていたような気がする。私も、それに魅せられていたのかもしれない。

劇中に使われた『夜へ』と『赤いアンブレラ』の曲とともに、どうしようもなく哀しく、どうしようもなく切ない本作品は、私のベスト3に入る大事な大事な「映画」で、忘れることなどできない。

※タイトルは、坂元裕二脚本「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(2016、フジテレビ)に触発されたものです。
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