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おやすみなさいを言いたくてのkimaguremovieのレビュー・感想・評価

5.0
コインには表と裏があります。使命があり、能力がある者は、突き動かされるようにタスクを果たします。お金ではありません(表)。一方、何らかの犠牲は伴います(裏)。

一流の報道写真家レベッカにとって、仕事と穏やかな自宅とのバランスはどうでしょう。両立出来ていたと思っていたレベッカ。大きな事故に遭い両立困難との答えが表面化してしまいました。

使命という名の宿命を捨て家族と共に生きようとしたレベッカ。しかしやはり無理でした。レベッカは宿命を背負う、選ばれた人とも言えます。そうでなければケニアで、反射的とも言えるあの行動はあり得ません。何をしてる!と思いましたが、しかしこれぞプロ。その姿はプロとして見ると凛々し過ぎ、まさに仕事人です。

しかし、その行動は家族を裏切るもの。娘に、いつかわかる日が来るはずだと理解を求めるレベッカ。本当にそうだ。おとなになればわかるはず、とも思います。しかし家族にとっては全く違います。心配で堪らないのです。その娘が、レベッカにレンズを向けて切る連続シャッターの音。心を切り裂くシャッター音。それはおそらく100回も続きました。

プロは三たび戦場へ向かいました。宿命は家族の力をもってしても変えられない。自分の仕事で直ちに世界が変わらなくても、一つずつ1人ずつ変わればいいと、撮り続けるのでしょう。引き継ぐものでも、他人に任せるものでもない。仕事とはそういうもの。使命、宿命とはそういうもの。

しかし。なんというラストシーンでしょう。我が子のような年代の女の子を前に宿命が尽きたかのようなラスト。強いはずの気持ちがへし折られる。わたしが感じたのは、何とも言えぬ虚脱感、喪失感、敗北感...。それが世界の現実なのでしょう。家族との絆の難しさも世界の理不尽さも。

抜け殻となったレベッカ。元々は普通におやすみなさい、と母としては、そんな優しいことばを毎晩言いたいだけなのに。

それでも、人間として、世の中の理不尽さから逃げずに向き合ってきたのがレベッカの生きざまなのでしょう。そんな人間が母親であること、娘にも伝わっているはず。見てみぬふりをするのも自由だがそれは使命とはほど遠い。そんな人にとって、当然のことながら一緒にいるだけが家族ではない。

映像の衝撃に対比するような繊細さも引き込ませる要因になっていました。非常に重く非常に深い作品。コインの裏表の葛藤は息苦しいです。安全地帯で過ごすこと、心の安定、楽しませることを目的に観るのはおすすめできません。広く深く世の中をみつめ、人生を考えさせる、私にとっては忘れ難い作品となりました。
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