亘

おやすみなさいを言いたくての亘のレビュー・感想・評価

3.9
【仕事か家庭か、世界のためか家族のためか】
一流戦場カメラマンのレベッカは、アフガニスタンでテロリストたちの取材中爆発に巻き込まれてしまう。彼女はアイルランドの自宅に戻り療養するが夫や2人の娘は彼女の仕事を白い目で見る。

仕事か家庭か、かなり多くの作品で描かれている題材。でもその仕事が死と隣り合わせで、しかも主人公が女性という作品はなかなかないんじゃないかと思う。レベッカは、「忘れられた土地」の実情を世界に伝えるために危険地帯でも勇敢に写真を撮り続ける一流カメラマン。一方家庭では2人の娘の母。だが取材に出ることが多く家にいないこともしばしばある。そして家族はレベッカの死を怖がりながら彼女の帰りを待っている。

レベッカの信念は、紛争や戦場の実情を伝え続けること。「忘れられた土地」で惨劇が起きているのに多くの人々はそれを知らずにのうのうと生きている。彼女はその格差が許せないのだ。「強い信念をもってバリバリ働く2児の母」ということで周囲の人は彼女を"Super Mom(スーパーママ)"と見ている。しかし実際は中東から帰宅しても夫や長女は、いつも心配させられていてうんざりしている。彼女は家庭の危機を招いている張本人なのだ。周囲からは「次もよろしく」と期待される一方、家庭では離婚を切り出される。

これまで家庭をおろそかにしてきたから家で家事をしてみるが、どこか上手くいかない。それでも家族との距離が近づいたから中盤までは順調に見える。でも娘のアフリカプロジェクトで再び彼女の本能に火がついてしまう。銃声から住民が逃げる中、娘をガイドに預けて1人銃声に近づいていき写真を撮りまくる。彼女はものすごく勇敢で使命に燃える姿はまさにプロだった。

長女を危険にさらしたことで家族の仲は一気に険悪になる。安全と聞いたからケニアに行かせたのに、結局娘を危険にさらす。父としては許しがたいだろう。世界への情報発信のためには必要で、ジャーナリストとしては素晴らしい行動。ただ夫や家族の行動は、レベッカにろうけど、家族や妻・母としての失格を突き付けたようなものだったと思う。

終盤一番の難関だった長女ステフがレベッカを許す。これは見ていて安心したし、きっとレベッカにとっても今後の働きがいや自信につながるだろう。しかし最後、再び戻ったアフガニスタンで彼女は、女の子が自爆テロへ向かう様子を目にする。家族との対立の前だったら彼女は写真を撮りまくったはずなのに、今回は撮れない。それは「家族の安全を祈りながら帰りを待つこと」を知ったレベッカの成長でもあったけど、ジャーナリストとしては好ましくない行動。ラストの崩れるレベッカの姿は、母としての成長を嬉しく思いつつも素直に喜びきれない引っ掛かりがあり考えさせられる。

印象に残ったシーン:レベッカが自宅で家事をしたり友人に会ったりするシーン。ケニアで写真を撮り続けるシーン。ステフが発表するシーン。レベッカが崩れるラストシーン。

余談
・原題"A Thousand Times of Good Night"は「千回のおやすみなさい」という意味です。

・監督自身カメラマンとして紛争を取材した経験があるそうです。
亘