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007 スペクターのp99のレビュー・感想・評価

007 スペクター(2015年製作の映画)
4.8
『Bond24』

007のサイトにその英数字が表示されたとき、どれだけ心が浮足立っただろうか。ボンド映画が公開されるまでのワクワク感を、僕は初めてリアルタイムに感じているのである。

『Bond24』についての情報が徐々に明かされ、おぼろげながらその輪郭が掴め始めたとき、僕はささやかな喜びを覚えていた。

それからしばらく経った、今からちょうど一年程前の冬、僕らはある重大な事実を告げられることになる。普通の映画ではまず起こり得ないことであるが、007におけるその事実の報せには、ファンの小さな喜びを即座に熱狂の渦へと変えてしまう程の力があった。

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その報せとは、次回作のタイトルが、『SPECTRE』に決定した、という事実である。
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「ぼ、ぼ、ぼ…防諜・テロ・報復・恐喝の特別執行機関の!…あの!…スペクター!?本当に、ボンドの宿敵の、あの…スペクターなのか!!?」

というわけで、次回作のタイトルを知った瞬間、僕はもう熱狂の渦中にいたわけである。それからは「ボンドのライバルであるブロフェルトは登場するのか?」とか、「スペクターをどう現代的にアレンジするんだろう?」とかについて、妄想する日々が始まった。『スカイフォール』で「復活」した007が次に敵対する相手として、「スペクター」ほど理想的で潜在力を秘めた組織は他にはないのだから。

今までは権利の関係で、40年間「スペクター」をボンド映画に登場させることができなかったのだが、その現実での戦いにも決着がつき、奇しくも前作で「復活」を終えたばかりのジェームズ・ボンドに「スペクター」が対峙するのだと思うと、非常に感慨深く、歴史の大きな転換点を目撃している気分である。

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ここから先はややネタバレがあります。ご注意ください。
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そして、今年の11月。ついに『SPECTRE』の先行公開日がやってきた。ただ、僕の心には一つだけ懸念が生じていた。それは前作『スカイフォール』の出来が良すぎたことである。何とも贅沢な悩みではあるが、果たして今作でそれを超えることはできるのか…?

結論から言わせてもらうと、『スカイフォール』と『SPECTRE』はほぼ同等の完成度であり、どちらにも良い部分と良くない部分(ほとんどないのだが)の両方があって、何とも甲乙つけがたい。

両作はベクトルの大きさこそ同じだが、方向性が全く真逆であるのだ。『スカイフォール』が「収束」に向かう作品だとすれば、『SPECTRE』は「拡散」に向かっている。そして、その特性上、『SPECTRE』は「非常に懐の深い作品」であると言うことができよう(これについては後述する)。

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ジェームズ・ボンドの根源に立ち戻り、そこから再出発する『スカイフォール』では、やたらめったら要素を増やすわけにはいかなかった。ボンド、M、Q、マニー・ペニー、そしてアストンマーティンDB5。これらを象徴的に、神話のように配置し、無駄なものは極力省くことで、ボンドの「復活」を普遍的なものにまで昇華した作品であったのだ。

一方、『SPECTRE』はそれとは全く異なる。本作において、ジェームズ・ボンドをはじめとしたキャラクターたちは、枷が外れたように物語の中を縦横無尽に動き回る。これは『スカイフォール』で再出発の基盤がしっかりと固められたからこそできたことである。

その基盤の強固さは『SPECTRE』という作品全体の「自由度」を高めることに繋がっており、結果的に『スカイフォール』で扱うことのできなかった過去のボンド映画の要素を、『SPECTRE』で存分にスクリーンへと掬い取ることが可能になったのだ。これが本作を「懐が深い」と言う所以である。

『スカイフォール』はクレイグ以前のボンド映画のまとめであり、『SPECTRE』はクレイグ版ボンドのまとめであるという意見をどこかで見かけたが、とんでもない。『SPECTRE』はクレイグ版ボンドのまとめであると同時に、今までのボンド映画全ての集大成なのである。

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メキシコにおける「死者の日」の祭りから本作はスタートする。印象的な長回しの中で、僕らはいとも簡単に亡霊《スペクター》の世界へと足を踏み入れてしまう。

「死人は甦る。」

いったい誰をこの世に甦らせようと言うのか?煙突から突き落とされたあいつなのか?鋼鉄の歯を持つあいつなのか?…僕はジェームズ・ボンド自身を含めた、今までの作品全員の亡霊《スペクター》をスクリーンの中に観た気がした。

甦るのは人だけではない。雪山、ロープウェー、鉄道、客室、カーチェイス、ボンドガジェット、クレーター、大規模施設、世界征服《分かりやすい陰謀》、ボンドガールとのロマンス、気の利いたジョーク、白色の猫…過去のボンド映画の舞台や価値観も『SPECTRE』に亡霊として甦っている。

もちろん、それらの亡霊が直接画面に現れているわけではない。現代のボンドやMI6、そして40年ぶりに画面に現れたスペクターという組織に亡霊たちは乗り移っているのだ。そして、現代生きる本作の登場人物たちはその亡霊たちの魂に従い、行動する。

本作が「伝統的な(昔のような)」ボンド映画と評される所以はそこにある。しかし、全く古臭い感じがしないのは、サム・メンデス監督のバランス感覚のよさのおかげであろう。アクションシーンも過去の作品のオマージュを入れつつ、現代的にアレンジされている。全体的に「古臭くはないがどこか懐かしい」という絶妙な仕上がりである。

また、古典的な大爆発が今作では話題となっているが、その爆発のシーンがクライマックスなどではなく、途中のシーンに来るのも往年のボンド映画らしい。爆発自体には大きな意味はない。ただ、アクション映画で大爆発が起こると、ワクワクするでしょ?それだけである。いや、そのように僕が捉えたいだけかもしれない。往年のボンド映画のある種のバカバカしさを僕は感じ取りたかったのだ(その爆発によってある変化を遂げる人もいるが…)。

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『SPECTRE』にはクレイグ版ボンドのまとめとしての意味合いも含まれている。サム・スミスの『Writing's On The Wall』を初めて聞いたときには、アデルの『Skyfall』ほど惹かれはしなかった。しかし、オープニングの映像と共に『Writing's On The Wall』を聴くと、その曲の印象はがらりと変わった。

どこか懐かしい女性のシルエットと共に現れるル・シッフル、ドミニク・グリーン、ラウル・シルヴァ、M、ヴェスパー。彼らの映像と曲がとてもマッチしているのだ。それだけで僕は泣きそうになった。そして、ボンドにまとわりつくオクトパスの脚《運命》。それはクレイグボンドの悪役の背後にいた組織から、40年の時を経て伸びてきたものである。ボンドはその脚から逃れることができるのだろうか?まさにクレイグ版ボンドの総括に相応しく、同時に過去のシリーズの伊吹を感じるオープニング・クレジットであった。

『SPECTRE』では登場しない過去の悪役や仲間が、本作では物語に絡んでいて、その中心にはもちろん「スペクター」がいる。クレイグ版ボンド3作全てを総括する本作のドラマ性には目を見張るものがある。『SPECTRE』がなかったら、クレイグボンドの物語に区切りがつくことは遂になかったことだろう(今だからそう思える)。

しかし、そのドラマには、本作唯一の弱点も共に含まれている。それは旧MI6に張られた写真の不自然さや宿敵との関係性などにあるのだが、詳しく述べるのはやめておこう(ネタバレコメントで書きます)。もし、その点さえなければ、『SPECTRE』の(個人的な)評価は『スカイフォール』と全く同等かそれ以上になったことだろう。

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『スカイフォール』でクレイグボンド以前の作品をまとめて再構成したと思っていたら、『SPECTRE』ではそこで扱えなかったものを含めた、ボンド映画の全ての要素や価値観を見事に掬い取ることに成功している。

本作は『スカイフォール』と双璧をなす、007シリーズの記念碑的な作品であると言えよう。半世紀以上前に始まったシリーズはようやく24時間計の針を一回りさせた。『Bond25』がどのような作品になるのか…流石に予想もつかない。

思えばクレイグボンドは最初から縛りの多いシリーズであった。個人的には、『SPECTRE』で様々な縛りから解き放たれたダニエル・クレイグに、純粋なアクション超大作『007』の主役を、何の衒いもなく演じてもらいたい。

I can't find the writing on the wall.
(もう悪い兆しなんて感じない。)