つのつの

リトル・フォレスト 冬・春のつのつののレビュー・感想・評価

4.2
【人生を彩る知恵としてのフード映画】
*夏秋、冬春編まとめた感想*

しっかりとしたストーリーがある映画ではない。
なのに、美味しい飯、美しい自然、橋本愛、松岡茉優、自転車、Flower Flowerのサントラなどの問答無用で映画に惹きつけられるエッセンスを散りばめて強引に映画にしてしまった作品とも言える。

それでも本作が優れているなと思える点は「田舎啓蒙」映画に陥っていない点にある。
主人公のいち子さんは、東北地方の小さな集落に暮らし、畑や田んぼで採れた作物で手作り料理を食べて生きている。
彼女の生活を美しくポップに切り取る本作の演出に「田舎を美化している」と感じる人もいるかもしれない。
しかし、彼女が自給自足の生活の中都会人には難しい手の込んだ料理を作るのは、文明批判によるものではなく、単純にそうすることで彼女が幸せだからだ。
ライムスター宇多丸氏の言葉を借りるなら彼女は「自分を幸せにできる術」を知っているのだ。
無造作に調理された食べ物でも空腹を満たすことはできる。
しかし、そこに一手間、一工夫を加えた料理を食べれば少しだけ生活が豊かに、幸せになる。
彼女が単に順調満帆な生活の末に田舎暮らしにたどり着いたわけではないことが次第に明かされる。
孤独や自分の弱さが詰まった息苦しい人生に色を添えるのは、いち子さんにとっては豊かな料理なのだ。
これはある人にとっては映画かもしれないし、運動かもしれないし、音楽かもしれない。
そう考えてみると、いち子さんの生き方は誰にでも共感しやすいものと言えるだろう。
ここで面白いのは彼女が持つ生活の知恵は母親から受け継いだものでもあるいうことだ。
自分を捨てた母親。自分の運命を狂わせた母親。
本作では、その母親といち子さんとの確執が描かれることはなく、それどころかどうしたら美味しいスープが作れるのかという問いに対して初めて2人の心が通うのだ。
この瞬間、2人は母親と娘ではなく、なんとか幸せを見つけて生きていこうとする2人の人間同士である(それを象徴するスプリットスクリーン演出が素晴らしい!)。
生き別れた親子の再会や葛藤の代わりに、誰かが生み出した幸せが時を超えてまた別の誰かを幸せにする巡り合わせを描く点に本作のメッセージがあるのだろう。

本作のラストでいち子さんは田舎に根を張る決意を固める。
都会が嫌で田舎に流れ着いた彼女をそうさせた要因は周囲の人からの影響かもしれないが、彼女が後ろめたさを抱えながらもなんとか生きていたのは料理があったからに他ならない。
本作は無責任な田舎啓蒙映画でも腹立たしい都会へイト映画でもなく、
ほんのささやかな味付けと共に更新され続ける全ての人生への暖かな賛歌なのだ。
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