エディ

6才のボクが、大人になるまで。のエディのレビュー・感想・評価

2.7
邦題どおりに、6才の主人公が大人になるまでに起きる家族の問題などを描いた映画だが、この映画のウリは同一の俳優達を10数年にわたって撮影していることだ。しかし、だからこそのリアリティがあるかというとそうは感じなかった。
正直言って、家族が撮ったビデオを編集したような雑な展開が気になったので、個人的には苦手な映画だった。

6才の少年メイソンは両親が離婚したので、姉サマンサと一緒にキャリアアップのために大学に通っている母の元で過ごしている。そんなメイソンたちのところに、ミュージシャン志望の父が時折訪ねてくる。母の再婚、再婚相手である義父の暴力、そして母の新しい恋人との同居などの環境激変の中で、メイソンは恋をして生きる道を探していく。。。

同一キャストで10数年も撮影した映画なんて聞いたことがないので、これだけで話題になるのは頷ける。しかし、それが効果的だったかというと正直そう思えないのだ。この映画は、印象的なシーンをかいつまむ形で編集されているので、突如数年経ったりするのだが、そのたびに登場人物の外見や雰囲気が大きく変わって「誰が誰だが判らない」ことがあった。実際、日常でも数年も会っていないと見違えるほど変わる人っているのでこれは自然だが、映画進行上こういうのはわかりにくいだけで同一キャストで撮り続けるメリットを感じることがないのだ。これだったら、同じ人物の特徴を感じさせる年代ごとのキャストで映画を作る一般的な撮影法の方がはるかにいいように思えた。

また、素人の家族ビデオの編集のような脚本もいまいち好きになれなかった。シーンの切り替えが雑というくらいに唐突で、夫婦喧嘩して妻が家を出て、旦那が子供たちを車に拉致して暴走しているシーンのあと、突如、家にいる子供たちをオリヴィアが迎えに行くシーンになっている。母の再婚の下りが唐突過ぎて、DVDの絵飛びかと思ったくらいに話が飛んでいるのだ。

加えて、子供目線で描いているせいで、家庭の描き方が不十分なのも不満だ。母が突如義父と再婚したくだりは何の前触れもなく義理の姉妹が出来て暴力が始まる。実際、子供はこういう印象なのかもしれない。しかし、この映画は、主人公であるショーンの心を丁寧に描いているわけではないので、主人公に限らず登場人物の心の機微が見えない。

同じキャストで撮り続けたのに、なぜ掘り下げの浅い映画になったのかは、恐らく「監督などスタッフは、各シーンの撮影を集中して行っていない弊害」だと思う。

12年という長い間、他の仕事の合間にこの映画を仕上げているので、各シーンの体感温度が変わっているのだ。一気に作れば熱意のこもった映画になるだろうが、同じキャストで撮り続けるのを優先したあまりに、ただ同じキャストというだけで心の機微や前のシーンの心象変化が次のシーンに生きていないという不連続性を感じてしまうのだ。製作スタッフも成長するし、他の仕事で気をとられているかもしれない、そんな「集中力の欠如」を感じてしまうのだ。

なので、この映画は結局、お父さんが撮り溜めた膨大な家族のビデオを素人的に編集したような雑然さと一貫して流れるテーマの欠如を感じてしまった。

別に同一キャストでなくてもいいので、男変遷の激しい母に対する主人公の気持ちやそれが彼の生き様にどういう影響を及ぼしたかという機微を丁寧に描いてほしかった。