りっく

ディクテーター 身元不明でニューヨークのりっくのレビュー・感想・評価

3.4
オープニングで「金正日を偲ぶ」とテロップが出ることから分かるように、本作の主人公は架空の国の独裁者だ。彼は民主主義国家であるアメリカへと海を渡り、愛する者への想いから一旦は民主主義を唱える。けれども、人間の芯の部分はそう簡単に変わるわけがない。

結局、自分の思想を主張するだけで相手を理解しようとせず、元に戻ってしまう展開は皮肉が利いていて面白い。独裁政治と民主主義をどちらも礼賛しないバランスの良い着地も、バカにしか見えないサシャ・バロン・コーエンの頭の良さが見える。

だが、やはり本作で面白いのは馬鹿げた悪趣味シーンの数々だろう。特にアラブ人への偏見や恐怖心を描いたNYヘリコプターツアーの場面。女性蔑視と見えてもおかしくない出産に立ち会う場面。そして、下劣の極みであるワイヤーの真ん中で立ち往生する場面。いずれの爆笑の飛距離だけ見れば、本年度最高レベルではないか。主人公の影武者がブロンド女の乳搾りをするシーンも外せない。

しかし、同じくラリー・チャールズとサシャ・バロン・コーエンが組んだ前2作とは異なり、「劇映画」という安心感を持ってしまうのも事実だ。映画作家としてのストーリーテリング力は間違いなく向上している。ベン・キングズレーやジョン・C・ライリーといった名優も、本人役ではなく出演している。

だからこそ、物語ありきのフィクションであることを意識づけられてしまう。よって、命懸けで突撃していくようなテロリズム精神や、場当たり次第に周囲を不快にさせていくハラハラ感が減じてしまっていることも確かだ。あまりにも有名になってしまったことで「確信犯的ドキュメンタリー」という形式では映画が作れなくなったのだろうか。そこが、前2作と比較した際の物足りなさなのかもしれない。
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