もっちゃん

ビッグ・アイズのもっちゃんのレビュー・感想・評価

ビッグ・アイズ(2014年製作の映画)
3.8
今年も終わりなので、見忘れた作品を見漁っていきます。ティム・バートンの最新作、バートン色抑え目のノンフィクションもの。

50年代、60年代のアメリカで一世を風靡した画家ウォルター・キーンが実は妻の絵画を偽って名声を得ていた、という映画化しやすい嘘のような本当の話。内気で引っ込み思案の妻は元夫から家に閉じ込められ、抑圧されていた。まだ性別役割分業が根強い時代の話である。
しかし、はじめはおしとやかな「お姫様」のようにふるまっていたマーガレットが次第に公然と「我」を出していくようになるのは二番目の夫ウォルターの高慢な態度のおかげ(といっては何だが)のようにも思える。彼に出会わなれば、一生抑圧されたまま終わっていた可能性もあるから。

そして、悔しいがウォルターのその「売り込む能力」は評価に値するのかもしれない。マーガレットの画が批評家には酷評されたように、従来の「絵画」と比べたら、彼女の画はライトに見えるからだ。
しかし、それが逆に効を奏して絵画の変革期に位置していたこの時代に彼は、「コピー」や「ポスター」といった新しい媒体を見出していく。広く知れ渡るようになった「ビッグ・アイズ」は夫ウォルター無くしては在りえなかったのである。そこがまた、人々がこの絵に惹きつけられる所以なのだが。

むしろ今作を見ていて思ったのはやはり大衆の踊らされ方である。はじめ、ビッグ・アイズがウォルターの作品として世に出回った時それは「戦時中の孤児たち」を描いた作品として売れた。もちろんそれはウォルターの創作なのだが、そんな「物語」に観客たちは納得し、消費する。
さらにビッグ・アイズがウォルターではなく、マーガレットの作品であったと知った時には「抑圧されてきた女流画家」の物語として彼女の数奇な人生とともに、その作品を消費する。果てにはこういった作品が作られるほどである。

要するにこの作品自体に、大衆消費の現実が表れている。絵(以外のほとんど作品においても)を売り込むにはそれの純粋な技術や美的センスがものをいう時代は終わりを告げ、その作品の背景や大衆受けがいいかといったことを売り込むマーケティング力がものをいう時代が当時から始まっていたということである。
少女の大きな目はそんな社会を憂いているように見えるのは私だけだろうか。