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裁かれるは善人のみの一人旅のレビュー・感想・評価

裁かれるは善人のみ(2014年製作の映画)
5.0
アンドレイ・ズビャギンツェフ監督作。

土地の買収を巡る所有者の男と強欲な市長の対立を描いたドラマ。

『父、帰る』(2003)のアンドレイ・ズビャギンツェフ監督による重厚な人間ドラマの秀作で、ロシア北部の地方都市を舞台に、自動車修理工場を営む主人公:コーリャが、自身の土地を買収しようと企むヴァディム市長の陰謀に巻き込まれ身を滅ぼしていく姿を静謐なタッチで見つめています。

旧約聖書の中のヨブ記をモチーフにした作劇で、主人公コーリャは現代のヨブを象徴する人物です。ヨブ記は、サタンにそそのかされた神が信心深いヨブという男に対してあらゆる苦難を与えるが、それでも屈しなかったヨブは神によって祝福されるというお話。本作の主人公コーリャはヨブとは異なり信仰心は皆無ですが、彼の土地を強引に買収して通信施設を建設しようとするヴァディム市長から脅迫や嫌がらせといった行為を受け続け、それはやがて家族の愛情を引き裂く別の悲劇へと直結していくのです。ヨブ記ではヨブは最後に祝福を受けますが、本作のコーリャはそのまま不条理で悲劇性に満ちた末路を辿っていきます。両者の違いは神への信仰心の有無にありますが、本作では欲深い市長とロシア正教司祭の親密ぶりが映し出されています。政治的権力と宗教的権力が精神面で結託して、コーリャという一人のしがない善人を虫けらのように追い払うのです。

現代社会における個人と国家の関係性を浮き彫りにしており、国家(公権力)によって個人が容易く圧殺されてしまう恐怖を提示しています。巨大な権力を前に人は余りにも非力な存在なのです。

全編を貫くロシアの寒々しく荒涼とした大地の風景が圧巻で、コーリャの直面する苦難と同調していますし、要所要所で流れる重厚なバックミュージックも映像に良く溶け込んでいます。
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