シャチ状球体

裁かれるは善人のみのシャチ状球体のレビュー・感想・評価

裁かれるは善人のみ(2014年製作の映画)
5.0
『父、帰る』や『ラブレス』のアンドレイ・ズビャギンツェフ監督作品。

この監督の映画には、基本的に利己的な人間しか登場しない。というより、出てくるのは他者に気を遣うほどの余裕がない環境に置かれた人間ばかり。
本作の主人公であるコーリャも尋常ではないくらいの短気で、子どもに暴力を振るったり、自分の家を買収した市長に対して散弾銃を持ち出そうとしたりとお手本のような父親像だ。
ちなみに、市長は法律無視でコーリャの家を自分の物にするなど腐敗しきっていて、部屋にプーチンの肖像画が飾ってあるのもロシアという国の民主主義が崩壊していることを如実に表している。

家も友人もパートナーも失ったコーリャができるのはウォッカを水のように飲むことだけだが、不幸の連鎖はまだ始まったばかり。
自分一人の力ではどうにもできないのが権力による暴力。蹂躙されるだけされ尽くして、最後は自己責任を被せられて断罪される。コーリャの罪は、この国に生まれてきたことと生き続けたこと。権力者や大衆にとって都合の良いものが真実で、権力に身を委ねることが善行。国民に主権がない国では人によって命の価値に差があるのである。

いつだって、犯罪を作り出すのは社会そのもの。責任を個人に押し付けて終われば、また同じような事件が繰り返されるだけの抜けられないトンネルの中に誰もが閉じ込められることになる。
被害者を生まないためには加害者を生まないことだ。

主人公をどん底まで突き落とすことで、逆説的に宗教と権力が結び付けば人を人と思わない社会を作り上げることができてしまうことと、民主主義が機能していない国では国民生活が蔑ろにされることがよく分かる映画……。

「男と同じね きれいと褒めて次は殺す」
シャチ状球体

シャチ状球体