Inagaquilala

マップ・トゥ・ザ・スターズのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

4.1
作品の中の登場人物の何人かは(たぶん3人だと思う)、「幻影」を見る。見舞いに行った直後に死んだ少女だったり、焼死した母親だったり、すでにこの世にはいないはずの人間が、登場人物の視線の中に現れる。「幻影」を見るということは、つまりは「狂気」に取り憑かれているということだ。この狂気を日常の中に置くことで、監督のデヴィッド・クローネンバーグは、恐怖をリアルなものとして提示していく。

例えば物語の中心にいるスター子役のベンジー。夜、自宅のプールに目をやると、そこに佇むふたりの女の子の幻影を見る。すでに場面は、登場人物の幻視のシーンに移っているのだが、日常と幻視の継なぎ目を、スムースに設定することで、不思議な質感の恐怖を植えつけていく。瞬発力はないが、じわじわと効いていくボディブローのように。これこそクローネンバーグが並みの監督と違うところだ。

物語は、息子が人気子役であるハリウッドのセレブリティ一家の隠された秘密と崩壊を描いた映画業界の内幕ものだが、父、母、息子、そしてこの家族から長い間隔離されていた長女、この複雑で異常な関係が、長女の帰還とともに明らかになっていく。脚本は実際にハリウッドでリムジンの運転手として働いていたブルース・ワーグナーによるものだが、実際に彼の見聞したエピソードも入っているのだろうか、なかなか中身が濃いものになっている。

盛りを過ぎた女優として登場するジュリアン・ムーアの演技が凄まじい。あえて崩れたメイクをしているのか、その落魄感は半端ではない。女優が役を得るための執念、さもありなんの設定なのだが、この人が演じると、それは狂気と紙一重だというような見事な演技を展開する。フロリダが帰ってきて、この女優のアシスタントとなる長女役のミア・ワシコウスカの視線の演技も観るに価する。狂気から日常に帰還して、そしてまた狂気に還る。複雑な役どころを不思議な存在感で演じきっている。

とにかく日常の情景の中に継ぎ目なく「幻視」を置くことで、ホラー作品によくありがちなアトラクション的恐怖からは免れており、登場人物たちが持つ狂気は、深く観る者の心に突き刺さっていく。ラスト近く、ハリウッドのセレブリティ一家の最大の秘密が、さりげなく明かされるとき、ひと際じわりと心の奥に響いてくる。エピソード豊かな脚本と「日常」と「幻影」の垣根を取り払ったクローネンバーグ流の演出で、類を見ない深い人間ドラマが生まれた。2度目の観賞。
Inagaquilala

Inagaquilala