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アメリカン・スナイパーの東京キネマのレビュー・感想・評価

アメリカン・スナイパー(2014年製作の映画)
4.5
やっぱり、クリントさんらしい映画でした。 この映画、私まったく予備知識なく見たもので、原作があることも、それがまた現実のお話であることも、その作者が映画製作開始時に殺されてしまったことも含め、すべて知りませんでした。

なので、この映画が終わった時に流れるエンドロールで、慟哭しているアメリカ人のニュース映像が延々と映し出されるのを見て、瞬間的に、そして感覚的に本作の全体像を俯瞰することができました。

これ、映画としては1時間半で終わっている話なんです。 何故一回括ってしまったお話を、蛇足のようにその後にまた日常のドラマが展開されるのか不思議だったのですが、これ実は原作者が殺された瞬間から足したシークエンスなんですね。 この映画、立ち位置が非常に難しい映画なのですが、ニュートラルなポジションを貫いていて政治的な匂いが全くしません。

しかし、こういった中間的な表現であっても、アメリカでは保守とリベラルで映画の解釈を巡ってもの凄い論争になったらしいのです。 ナチスのプロパガンダ映画を連想したという人も居るようですし、或いはスナイパーという主人公の存在自体が、後ろから撃つ卑怯な人間をヒーローにしているということで保守を非難するものだ、と反発している人もいるようです。

フォーカスされてしまうのは、160人以上のテロリストを狙撃したスナイパーであるこの映画の主人公クリス・カイルにシンパシーを感じるか、或いは断罪されるべきなのか、でしょうし、本来の映画であればこれで終わりです。 しかし、これが終わらない。 この主人公のようなスナイパーが何千人テロリストを殺そうが、この戦争はおそらく終わらないだろう未来が見えるからです。

要するに、この状況は善悪論では語れない。 つまり、今の戦争は敵と味方が解らない、或いは、完全な傍観者という立場が存在しない、必ず何らかしらの影響を受ける当事者になってしまう。 問題の根源はアメリカであるのは当然のことながら、今の状況をそのまま放置する訳にもいかない。 なんとかしようとすれば現場では精神障害を起こす兵隊ばかりになるし、テロリストは一向に減らない。 むしろ介入すればするほどテロリストが増えてしまうという現実がある。 こういった負の連鎖をどうすれば良いのか、という話なのです。

だから、敢えてこの映画が批判している人たちが居るとすれば、武器を持たなければ安全で居られると思っている日本の九条教のような人たちでしょう。 問題を矮小化させてしまう思想が一番危険なのです。

やはり、2001年以降、戦争という形態が全く違う形になってしまったのだという事を痛感します。