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アメリカン・スナイパーのキヨのレビュー・感想・評価

アメリカン・スナイパー(2014年製作の映画)
4.0
<2015/3/4 Movixさいたま>
「アメリカ最強の狙撃手」の自伝を基にした映画。映画自体、映画を取り巻く評価自体が皮肉にもなっている恐ろしい作品。

恥ずかしながら、イーストウッド作品をちゃんと見たのは初めてなのだけれど、「上手いなあ」というのが第一印象。この手の自伝作品、なおかつ戦争映画となると、戦闘のリアリティなどのアクション面、もしくはPTSDなどの戦争後遺症の現実などのドラマ面、そのどちらかを過大に描いて見せ場を作る、といったこと作品が多い中、この作品は違うような気がする。戦争中にも戦争後にもピックアップせず、「戦争を体験した、一人の男」の姿をすごく中立に、冷静に描いているような気がする。だからといって、ドキュメンタリー風な退屈なものになるのではなく、相手側の謎の最強の狙撃手との戦い、相手側のナンバー2はどこにいるかといった謎など、脚本が過剰にならない程度に映画的に面白くなりそうな史実を見せていく当たり、老練なイーストウッド監督らしく、うまいなと思う。

作品のテーマも、冒頭の父親のセリフ、後半の主人公の犬に対する行動など、かなりわかりやすく示していると思うけれど、それをふまえて、この映画の米国での評価が分かれていること自体がすべての皮肉だと思う。「ヒロイズムを描いた、厭戦映画だ」とか「戦争に翻弄された悲劇の男を描く、反戦映画だ」とか言ってしまうこと自体、作品で主人公が米国に反抗しているイラク人を「蛮人だ。悪人だ」といっているその思想自体と一緒なのではないかと思う。自分の仲間にひどいことする奴は悪人、といった善悪はもちろん、160人もの人を殺したこの主人公は悪人なのか、といった問いかけで、いわば悪い行動をしている人間は総じて悪人だろう、といった人間の二元論的考え自体も皮肉っている。だからこそ、主人公のそういう思想を魅せながら、優しい父親部分もそれとなく描いているように感じる。監督自身は「自伝の史実以上の政治的メッセージはない」とコメントしているが、この論争が起こることを狙って作ったのならすごく恐ろしい監督だと思う。こんなレベルの物を毎年のように監督しているのだから。

作品の面白さはもちろん、直接的には関係がないかもしれない戦争と人の感情を通して、「自分はちゃんと考えているのか。善悪という分かりやすい指標に逃げていないか」と示唆してくれた作品でした。
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