大プリニウス『博物誌』を手がかりにして、映画(=映像)と絵画の起源を探る。
それこそ古代から人々がインスピレーションを受けてきたであろう、木々の枝のざわめきや水の反射、水面のゆらぎ、そして影など自然が産み出した音や「映像」が執拗に繰り返され、画面を埋め尽くす。
後半では、男女のダンサーが登場。女性のアクションに続いて、男性が同じアクションを繰り返す。男性はほとんど「影」という形でしか姿を現さない。女性は、そのゆらめく影を炭でふちどり、彼の姿を壁に刻みつける。ここでは、生身の人間の肉体と「映像」との密接な関係が提示される。
現代において、自然と肉体と映像はそれぞれはっきりと区別されて考えられているように思うが、古代においてはこれらはすべてつながっているものだった。ゲリンが説くのは、「映像もまた古代へと回帰すべきだ」ということなのだろう。