navy

きみはいい子のnavyのレビュー・感想・評価

きみはいい子(2014年製作の映画)
-
尾野真千子は性格に反して(あくまでメディアを通しての性格だが)、シリアスな母親役が多いよな。というか今作と『そして父になる』でしか尾野真千子の芝居を観たことないから俺のなかでは完全にソレ。そしてガーサスの池脇千鶴。

原作は、中脇初枝による連作短編集『きみはいい子』。

それぞれの生活が同じ街で同じ時間を共有していることを説明する以外に特別交わることはない。それが個人的に好きだなと。脚本の高田亮さんがこだわった部分だそう。そして呉美保監督のことをずっと「くれ みほ」と読んでいました。失礼しました。

まず思い浮かんだのは、作中の岡野先生(高良健吾)と同じ小学4年生の担任をしている友人の一言「やりたいことをやらせてあげたい。自由に伸び伸びと。でも私は真逆のことをさせている」だった。リアルに大変だなと。彼女は確か小学校の卒業アルバムの時点で、将来の夢を小学校の先生(幼稚園の先生だったかもしれない)と書いていた気がする。そんな小さい頃から先生になるという夢を持ち、実現の為に少なからず努力してきたであろう彼女ですらそうなってしまうのだから。

次に思い浮かんだのは、自分の小学校高学年の担任。彼女は変わっている中の変わっている先生だった。女王の教室的な。そんな担任に問題児気味だった自分は激しく反抗していた。バチバチにやりあっていたが、放課後の教室で偶然2人きりになると別人のように優しかった。表情からして全く違かった。そしてお菓子などをくれた。不思議でたまらなかった。一体どんな感情で僕らに接していたのか。あの女王の教室のような接し方にはどんな想いがあったのか。

自分は友人から「親バカになる」と良く言われる。でも自分では「将来虐待してしまうのではないか」と思う。虐待まではいかなくても優しく接することができないのではないかと。

例えば、自分の大切なものを壊されたり、なんなら触れられたり、服を汚されたりなど幾らでもプチーンとなりそうなことがある。もともと癇癪持ちな自分は、小・中・高の初期は物を壊したり、大声で怒鳴ったり、喧嘩相手をひたすら殴ったりしていた。キレる理由は仕様もないことばかりで、それでよく友達がいたなと思うレベル。今では全くキレない。そもそも怒りもしない。だがそれは単に自分が大人になった訳ではなく、我慢しているだけ。「落ち着け、落ち着け、落ち着け」と心の中で繰り返しているだけ。そんな自分だからこそ、子供ができたら爆発してしまうのではないかと不安になるのだ。

でも死ぬ程好きな嫁さんと、死ぬ程好きな嫁さんから産まれた子供ならイケる気はする。寝ている姿を見て優しい気持になれる人となら。例え裕福でなくとも「この人たちのために頑張ろう」と思える人となら。だからきっと自分は結婚しない気がする。そんなの不可能に近い。でも妥協して結婚しそうな気もする。

結局はそれも我慢か。お互い我慢。でも出来るだけ我慢したくない。自分も、嫁も、子供も、やりたいことができる環境でいたい。樹木さんが「結婚なんてのは若いうちにしなきゃダメなの。物事の分別がついたらできないんだから」と仰っていた。「あの樹木さんが言うんだから間違いない」とは思ったが、自分はやっぱり希望を捨てたくない。粘って、粘って、「この人だ」という人と結婚したい。妥協したくない。でも将来結婚したとしたら、その相手は自分で妥協してくれた人だろう。

そんなこんなで、もし自分に子供ができたらこの言葉を肝に銘じておきたいなと思った台詞が、岡野先生の姉(内田慈?)の一言。

「私があの子に優しくすれば、あの子も他人に優しくしてくれんの。だから、子供を可愛がれば、世界が平和になるわけ。ねえ、母親ってすっごい仕事でしょ?」。

覚えておきます。他にも抱きしめることとか、色々なことを覚えておきたいし、なんなら今日からでも試してみたいなと。次、家族に会えた時にでも。

ネグレド、ドメスティックバイオレンス、モンスターペアレントとか様々な問題をニュースやドラマ、映画などで目にする。意識して目にしていないとしても、たまたまつけていたテレビで流れることはあるだろう。そんな時に当事者はどんな想いなのか。

例えば、学園ドラマでイジメをしているヤツがいたとしたら、明らかに分かりやすく嫌なヤツな訳で、当然当事者にも「コイツ、ムカつくな」とか「この子、可哀想」とかいう感情が湧き出てくると思うんだけど、それをみて「あっ、私もやめよう」とか後ろめたい気持ちになったりしないのだろうか。それともそもそも自分は加害者だという自覚はないのか・・・ダメだ。この問題は難しすぎる。逆にイジメられるとか、問題が尽きない。「俺はやらない」としか言えない。ラブアンドピース。

平成30年9月15日。樹木希林さんが亡くなられた。そしてこんな内容のツイートが流れてきた。

「(樹木希林さんが内田裕也さんの事を)全てが好きです。何もかもが好きです。生まれ変わったら出会わないようにしないと。出会ってしまったらまた好きになって大変な人生を送ることになると思うから」。

このレビューで、樹木さんの結婚観に触れたが、自分は誤った受け取り方をしていた。そもそも自分のレベルの人間が、樹木さんのような方の考えを正しく本来の意味で理解することは出来ないのかもしれないが・・・。

兎に角今はただただ悲しい。電車の中で訃報を知って、落ち込んでいた自分に友達は「君と何にも関係ないじゃん」と言った。確かに何も接点はないし、熱心なファンというか、めちゃくちゃに詳しいとかそういう訳ではないけれど、やっぱり悲しい。これまでに演じてきた樹木さんを観ることはできるけど、これから演じる樹木さんは観れない。そう考えるとね・・・。

それとイタイこと言うと、どんな形でもいいから一緒にお仕事をしてみたかった。お仕事じゃなくても一度お会いしてみたかった・・・。

樹木さんを想像すると本当に天国のようなものがある気がする。そう考えるとお会いするチャンスはまだあるのかも知れない。

どうか天国で安らかに・・・。

平成30年9月17日。