わたがし

ザ・ウォークのわたがしのレビュー・感想・評価

ザ・ウォーク(2015年製作の映画)
5.0
【6回目】
 もうこれだけ回数を観ているとオープニングクレジットのピアノの第一音だけで涙があふれるようになり、WTCが初めて画面に出てくる頃には既に感情の高ぶりがピークになり、フィリップの自慢げな表情の切なさに胸がどうしようもなく苦しくなる。
 観れば観るほどアニーというキャラの美しさが際立ってくる。夢の実行前夜の情緒不安定のフィリップに「You're fine.」と真顔で諭す時の表情、ラスト場面でフィリップに見せるあの眼差し…
 そしてWTC綱渡りでのフィリップのタワーとワイヤーとNYの街に感謝の意を表するあの瞬間、理性を失ってしまうほどに感動。今回はここで1番感動したし、観る度に1番感動するポイントが変わるのも不思議。なんて美しくて偉大で優しくて純粋な映画なんだ。何度感謝してもし切れない…

【5回目】in 次世代IMAX
 この映画と心中できる覚悟。この映画のように生命を全うする人生でありたい。冷たくて泣きたくなる世の中だけど、この映画だけがそっと抱き締めて「君は間違ってない」と肯定してくれる。映画って本当に優しいしあったかいし最高に楽しい…

【4回目】
 何度観ても最後のワイヤーウォークの美しさに涙を流し、フィリップの夢が叶った瞬間とそれを目撃したアニーの表情にひたすらの「人生」を感じる。
 やがて散る「夢」だったからこそ、フィリップはあの瞬間にあんなにも目一杯に輝くことができたのかもしれない。そのやがては全てが消えゆくことを予感させるどこかノスタルジックで空虚な演出…何度観ても、何度綱を渡っても感動が褪せることはなく、それどころか観れば観るほど流涙量が多くなっていく。ザ・ウォークは人生。

【2&3回目】
 プティの叶えた夢、思い続けてきた夢、それは映画の中で静かに美しく達成され、映画の中でのみ永遠となる。実際にカメラが現実的に捉えているのはほぼ主人公のプティだけで、その他の空も、雲も、鳥も、朝日も、NYの街並みも、そしてWTCさえも全部コンピューターグラフィックスで、カメラの向こう側には実在しないものだ。
 そんな儚い虚構の情景がゼメキスの3D演出で身に迫る。2Dだったプティの記憶の中の情景が、この映画を通して鮮明に、そして三次元の立体になっていくという快感。こんなにも美しいことってあるだろうか。プティの生き様、この映画スタッフの心意気、そして映画そのものの美しさにひたすら震え、涙が止まらない。
 僕らの世代にとってはテロで崩壊したネガティヴな印象しかなかったWTCは、実際のところはこんなにも美しくて芸術的な存在だったんだ。そしてそのWTCはこの映画の中で永遠になるのだ。何度でも観たい最高に好きな作品。

【1回目】in 次世代IMAX
 エキスポシティの!最新IMAXで!ロバート・ゼメキスの最新作!しかも実写3D!という信じられない組み合わせで体感した本作、事前に期待に期待を重ねて期待重ねのおしくらまんじゅうで挑んだのだけれど、そんな期待なんかあっさりバッサリ超えて更なる高み、未知なる世界を観せてくれた。映画好きじゃなかったら死ぬまで体験することのできなかったであろうこの奇跡のように楽しい絶望体験、本当に感謝感激ゴミまみれ、彼女がいなかろうが明日も大学があろうが全く気にならない!本当に映画って楽しいし素晴らしい!
 ゼロ年代で一向に売れないのに3Dパフォーマンスキャプチャーアニメ映画を作りまくっていた3D大好きゼメキス監督による初の実写3D映画で、本当に本当に目を疑うほどに3D!「3D映画やるならこれはやるよね!」的王道3D演出から、今まで観たこともないような全く新しい3D演出までまさにゼメキス監督の3D哲学が凝縮されていて、始終こころも身体もクラクラする。そしてちゃんと目の負担を軽減する細々とした配慮まであり、割と視差がむちゃくちゃな3Dカットもたくさんあるにも関わらず全然目の疲れや違和感を感じない。こんな3D映画めったにないし本当にゼメキス監督、3D大好きなんだなと再認識。
 そしてその3D演出が最もどかーん!となるのはやっぱり綱渡りの場面で、これがもう半端な気持ちで観ると死ぬ数十分。僕は高い所は無神経なぐらい平気なほうだし、年齢的にも映画を観始めた頃から即画面の嘘(CG)を見抜き続けてきた悲しい世代なので、他の映画でこういう高い所どーん!みたいな場面を観ても「まあCGだしなあ」と心のどこかでは冷めてしまうのだけれど、今回はそんなことを思う暇すらもないしヒヤヒヤが止まらない。ヒヤヒヤが止まらない挙句に仕掛け的に途中から感動もするし、なんだこの気持ちは!なんだこの映画は!と涙が止まらなくなる。
 で、なぜこの映画に限ってこんな高い所に「ガチ」感を感じるのかと言うと、それを実行するまでの主人公の経緯が本当にひたすら共感(特にものづくりをする人は本当に共感できると思う)の嵐で、もし可能なら今すぐにでもあのIMAX画面に入り込んで主人公を抱きしめたくなるぐらいに映画的に「生っぽい」キャラクターが挑む「高い所」だったから。もう彼のことを信用せざるを得なくなるし、彼が主人公の映画に「嘘」はない!と思えてしまう。なので「どうせCGだろ」みたいな浅はかな発想はあっという間に叩きのめされてしまうのだ。「映画」の力によって!そしてその「嘘じゃないんだ的感覚」自体が映画で描かれるテーマ、この映画が必ず3Dでなければならない意味、なんかにもなっていたりして、どこまでゼメキス監督の意図なのか自分の勝手な自己解釈なのかわからなくなってくる。
 そして最後にこれだけは言いたい!というのが「実話の映画化」というジャンルにおいてこの映画また一歩先を(『ザ・ウォーク』だけに)歩いたなと思ったということ。今ものすごく書きたい衝動に駆られているけれど書かない。歴史的事実と現実の距離感を逆手にとって応用を効かせて、なおかつそれをあそこまで切なく情緒的に描けるだなんて…とても同じ人間とは思えない、ロバート・ゼメキス監督。そんなロジカルな演出をキメつつも基本はクラシカルな演出をベースにして…と思いきや突然信じられないぐらい斬新で(下品でさえある)アグレッシブな演出もしてくる。この人は本当に脳みその引き出しどうなってるんだという感じ。
 ゼメキスが十数年間アニメ映画を撮り、グリーンバックで俳優と一対一で向き合っていたからこそ撮ることのできたであろうこの映画、本当に「映画」というテクノロジーアートの未来、全人類の夢と希望が詰まっていると思う。そしていつもFilmarksで言っているような気がするけれど、本当に映画を撮るしかない。それしか僕の生きていく道はない。