ひゅうどんこ

ザ・ウォークのひゅうどんこのレビュー・感想・評価

ザ・ウォーク(2015年製作の映画)
3.6
◎特殊効果がリアルで高所恐怖症の人は注意
◎世紀の犯罪芸術
◎誰も傷つけていない違法行為
◎911テロを想像した
などは、さんざん書き尽くされたところなので、それ以外という縛りでのレビューを。

 地上から411mの綱渡りは、現実離れを通り越してもはやSFの世界、、と思ってたら、『ゴッド・ディーバ』(原題:Immortel, ad vitam)という2004年のSF映画の予告に、まるっきりそのまんまじゃん的映像が組み込まれてました。
この天空でのウォークをやらかした(歴史的偉業を成し遂げたともいわれてます)張本人が、フランスのフィリップ・プティ氏。本人曰く、綱渡りでの違法行為にて逮捕されること500回以上!、、らしい(ビミョーに眉唾感が|д゚)??)。

 綱渡りの映画ですから、綱渡りって何だろう?🤔とまずはそこから始めようかと思ってたら、広く詳しく分かりやすく書かれている個人サイト様の記事がありました。↓↓

『スラックラインの歩き方』
「綱渡り(つなわたり)とは?壁画から現代、死亡事故まで」
https://slackline.jp/2016/09/25120016/

 誰も成し得なかった、、ことは凄いことだと思います。そもそも誰も考えないことですし(近年の綱渡り師ニック・ワレンダ(Nik Wallenda)さんあたりなら考えたかも)、オンリーワンで間違いありません。誰も考えもしなかったことを成し遂げると達成感があるもので、私もささやかながらおぼえがありますので、分かります。

 その特異で壮大な挑戦の結果、プラス映画として、擬似体験してるかのような臨場感たっぷりの視覚効果から、本作には概ね称賛の嵐。むむむ、そんな映画にはつい反作用の虫が騒いでしまう私( ゚ε゚;)。

 フィリップ氏は、無許可で、ニューヨークWTCのツインタワーの綱渡りを果たすわけですが、終了後即逮捕→スピード釈放、となります。逮捕容疑は不法侵入と治安紊乱(びんらん disorderly conduct)。氏のパフォーマンスを目の当たりにした多くの人が心奪われたということもあるでしょうが、常習犯である彼が何故すぐに釈放されたのか?
ニューヨーク市の行政規則( the Administrative Code of New York City)と、前東京都港区長 原田敬美氏の治安政策に関する論文を参考に調べてみました。

 1974年当時、ニューヨーク市は財政赤字で破綻寸前。市の治安を守る警察局はニューヨーク市役所の一組織で、そのトップ警察委員長は市長が任命しますが、当時のエイブラハム・ビーム (Abraham Beame) 市長は、財政再建のために腐心、警察の大幅な人員削減も行います。結果、犯罪激増はお約束。まずこれが、建物への侵入を容易にさせた原因です。それから、ニューヨーク市刑事裁判所(the Criminal
Court of the City of New York)は世界で最も多忙といわれる裁判所。ですから、逮捕、拘留、起訴、審理、、と悠長にはやってられず、即座に社会奉仕活動を条件に釈放が決まったものと思われます。

 これが1990年以降であれば、もっと厳しい処罰が与えられたことでしょう。
1990 年デインキンズ市長が任命したブラウン警察委員長と 1994 年 ジュリアーニ市長が任命したプラットン警察委員長の時、軽犯罪もビシバシ取り締まる治安対策がとられました。フィリップ・プティ氏らの計画が綿密だったのもあるのでしょうが、建物に入り込めた、すぐに釈放された裏には、こんな時の事情があったようです。

 これに懲りて(満足して?!)その後は無許可で綱渡りをすることもなくなったようです、、、と安心してたら、1980年、セント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂でまたもやって逮捕されてます。

 建設時、ニューヨーク世界貿易センター(WTC)ツインタワーは「ファイルキャビネット」といわれて、ニューヨーカーに評判悪かったそうですが、この綱渡りでそのイメージも転換、いい宣伝になったよう。その後の映像作品にエスタブリッシング・ショットとして必ず登場するようになりました。
(ちなみに、デザインは日系人ミノル・ヤマサキ)

 しかし、自分が建物のオーナーだったとしたら、嫌だなぁ。勝手に人んちに入んな!と思うだろうし、うちのビルの前に死体が転がってるなんてヤだよ!と怒るでしょ。
最近、綱渡りではないけど、ルーフトッパーなるものが流行ってて、死亡事故も相次いでるそうで、私なら「絶対に落ちるなよ」なんて許可はしない。
それにWTCは、1993年2月26日に不法侵入したテロ集団によって地下駐車場が爆破され、多くの人が死傷しています。不法侵入って次第によっては恐ろしいことになるんです。そんなことも考えず、自分のためだけに違法行為を繰り返す氏への共感は難しい。
ただひとつ彼に共感できたのは、精神統一をはかる時に、マイケル・ナイマン(映画『ピアノレッスン』の音楽を担当した人)をいつも聴いてきたという点。

 主人公にはあまり良い感情を持てませんが、映画としての出来は素晴らしいと思います(笑)。今はコロナ禍で難しいでしょうが、シカゴのウィリス・タワーのザ・レッジというガラス張りの床がある412mの展望デッキは、フィリップ・プティ氏の気分を味わえますよ。


[おまけ] 世界で最も高い建築物
◦エンパイア・ステート・ビルディング(アメリカ、ニューヨーク市マンハッタン区、最上階373.2m、1931年4月11日竣工)
◦ワールド・トレード・センター(アメリカ、ニューヨーク市マンハッタン区、最上階411m、1973年4月4日開業)
◦シアーズ・タワー(アメリカ、イリノイ州シカゴ、屋上442.3m、1973年9月竣工、現ウィリス・タワー)
◦ペトロナスツインタワー(マレーシア、クアラルンプール、屋上379m、1997年竣工)
◦台北101(台湾、台北市信義区、最上階449.2m、2004年12月31日竣工)
◦ブルジュ・ハリファ(アラブ首長国連邦、ドバイ、屋上452m、2010年1月4日開業)