しゆ

沈黙ーサイレンスーのしゆのレビュー・感想・評価

沈黙ーサイレンスー(2015年製作の映画)
4.3
正直鑑賞前に簡単なあらすじだけ読んでここまで胸踊った映画はない。隠れキリシタンについては歴史の授業の数分ほどで概要を説明されて終えた程度だからこんなにも日本人に近くて遠い題材が映像化されるのと、洋画を観てればキリスト教は特段のテーマ性でなくても日常に溶け込んでるからその受容性や奥深さには個人的に興味が湧いてきてた想いがあったから。しかも大好きなスコセッシ監督が手掛けるなんて。
テーマの特性上、日本かキリスト教信徒のどちらかの批判や誤解を招きうる内容だからヒヤヒヤしたけど、最後まで観た感想としては良い意味でフラットに着地させたという印象。159分の長尺は彼らの行く末を見届けたいと思っていたらあっという間に過ぎていった。ハリウッド俳優陣の饒舌な英語と日本人の日本語・拙い英語が入り交じる会話劇には終始気恥ずかしさが拭えなかったけど、必死に想いを伝えようとしたり繰り返す聞き間違いは異文化交流のその瞬間を間近で体験してるような感覚で臨場感たっぷり。でも浅野忠信はハリウッド映画にいくつか出演してるだけあってさすがに流暢だった。
司祭役はアンドリュー・ガーフィールドとアダム・ドライバーそしてリーアム・ニーソンの豪華キャスト。それぞれが主演で映画を撮れるくらいの名俳優たちが一同に集結し演じたことでこのセンシティブな問題をうまくエンタメと史実モチーフの映像作品としての側面を絶妙なバランスで昇華できてると思う。
キチジローは何度も裏切っては告悔を求める''弱い人間''だけど一番人間味があるともいえる。絵踏みなんて役人の場で絵を踏むだけの形式上のもので、でももちろんそのプライドを捨てて踏めない人もいる。対外的に見ればどんなに惨めで醜くてもあの状況に置かれれば彼のような行動を起こす人間は少なくないはず。
フェレイラ神父の言う「彼らは自然の内にしか神を見いだせない」には、日本は八百万の神というように森羅万象あらゆるものに神が宿るっていう考え方や仏教の仏陀のように崇高な存在に人間は到達できるって考えが浸透してるから、あらゆる点でキリスト教とは根本的に日本人の性質と合わないって答えに至った所以で、この一言に彼の棄教してからの人生が凝縮されてる。また「山河の形は変われども人の本性は変わらぬ」ってセリフは調べてみるとこれは遠藤周作の原作にも「山は移り、丘は動いても、わがいつくしみはあなたから移ることなく...」として登場する文言のようで、ラストシーン含めて着手したスコセッシ監督が得意とする作風に近しいものを感じたし、だからあえてこのニッチな題材を取り上げたんじゃないかと想像した。
宗教を信じるそもそもの主な理由が救いを求めてるから何かにすがりたいって人間の弱みなわけで、その宗教のために目の前の信徒たちを死に追いやるなんて本末転倒だしそんな権利はロドリゴはもちろん誰にもない。だからそれまで試練を与え続け沈黙を貫いてた''主''も重大な決断が迫られる絵踏みをする瞬間にこそ言葉を授けたんだろうな。
劇中全編に渡ってBGMはほぼ流れないほか、エンディングテーマはなくてひぐらしの鳴き声や川のせせらぎなど上述した日本の宗教観にも通ずる自然を想像させる素朴な環境音が風流で哀愁的。何度も観るような作品ではないけど日本人ならおさえておきたい一本。
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