なぜ弱きわれらが苦しむのか…
それは苦しみこそが信仰の根源だから。
宗教、信仰の抱える数々の迫害の歴史。
それは古くから、人々が何かに苦しみ喘ぎながら生きてきた証かもしれない。
同じ師によって学び、同じ教義を信じる二人の神父。彼らが直面するのは激しい弾圧…
耐え難い苦しみにも黙して語らぬ神への信心は、次第に疑念へと代わっていく…
その切り口から、人間の脆弱な精神性と不完全な信仰の姿を見せ付けてきます。
キチジローはその代名詞的存在。
不義を行いながら赦しを求め、最後まで物質に縋る姿…繰り返される様は滑稽でさえあります。
まさに人間そのもの。
どれだけ強く信じていようと、死や苦痛の前に人は揺らぐ。白を黒にもしてしまう。
自己の正当化で心の均衡を保つ。
反面、殉教をパライソに続く扉のように考え、救いとして信仰に縋り付く姿…
それは強さに見えて非なるもの。
弱さ故に歪んだ妄信とも言える。
イノウエは、神への疑念を促す存在。
虫唾が走るような拷問の手口。
執拗な、人の心を折るための責め苦。
それを考え出すのも、同じ人間。
人の業の深さは…果てがないですね🤢
主要な人物たちは、人間というものを様々な角度から捉えた人格として描かれてたと思います。
苦しみの極致。
沈黙が破られた時、私が思い至ったのは…
やはり神性は人の中に宿るもの。
宗教上の神は、それを偶像視したものでしかないよなー…って。だから私は無宗教なんだけど(笑)
これ以上は考えるとドツボだし…
ホントに宗教モノは難しい(*´-`)
スコアは…迷いに迷って…一晩寝かせて…
やっぱり差し控える事に決定!(笑)