YokoGoto

不屈の男 アンブロークンのYokoGotoのレビュー・感想・評価

不屈の男 アンブロークン(2014年製作の映画)
4.0
“日本は、同時に加害者でもあり被害者でもある兵士や国民の姿と向き合い、その多様性から来るあいまいさに耐えなければならないということです。”国際政治学者の三浦瑠璃さんの著書『日本に絶望している人のための政治入門』に、こんな一文がある。

アンジェリーナ・ジョリー監督の本作『アンブロークン』は、米公開当時、半日映画だというレッテルを貼られ、日本公開を反対する署名運動が行われた問題作である。
いや、問題作としたのは日本だけなので、そこまで重要視されるべきことではないのだろうが。
現に、米本土の評価は“アメリカを美化しすぎだ”と、逆にマイナスの評価をうけ、名だたる賞レースにほとんどノミネートされなかったようだ。

当然のごとく、反日映画のバッシングの記事が出た時から、個人的に感じていた。
アンジェリーナ・ジョリー監督作品なのだから、そんなことは決して無いのだろうと。
作品バッシングは、ただの安っぽいイデオロギーなのだろうと。


なぜなら、アンジーの監督作品である過去作『最愛の大地:IN THE LAND OF BLOOD AND HONEY』を思い出せば合点がいく。あの作品は、ボスニアの内戦での女性の姿を包み隠さず表現した骨太社会派作品だった。あの内戦では、実に7万人の女性がレイプ被害にあい、眼をそむけたくなる歴史の一部を、アンジーは実にニュートラルな立場で表現した監督なのだから。

さて実際、本作を観てどう感じたか。
それは、日本人の立場として非常に重いものを受け取った、という印象だった。

日本人監督では、このテーマは決してとりあげないだろうし、日本市場に出せない内容だろう。戦争をテーマにする場合、日本においては特に、愛する人を残して命を落とす兵士の感動ものや戦争の貧困の中必死に生きる国民の強さなど、逆境の中にポジティブな光を見出す作品がうけるのである。決して、日本人が加害者的な立場の姿など見たくないし受け入れたくないのである。

しかし、これらを受け入れ、真正面から見ることこそ、本質的な『反戦』にたどり着くのであり、平和の本当の意味を噛みしめることにつながるはずだ。

物語は、第二次世界大戦中、様々な困難に出くわしながらも生き抜いた、陸上のオリンピック選手のお話だ。監督はアンジーだが脚本はコーエン兄弟。さすがにコーエン兄弟のシナリオは面白い。物語のテンポや強弱が、とても見易く分かりやすかったし感情移入したすかった。

主役は『名も無き塀の中の王』のジャック・オコンネル。彼はまだ26歳だが、なかなかいい演技をするなぁと思う。彼の主演作はしばらくチェックチェックである。

日本兵とのくだりは後半1時間。
日本軍の捕虜となった主人公を徹底して虐待する日本兵役に、アメリカで活躍するミュージシャンのMIYABI。彼は活動の拠点がアメリカなので、ネイティブな英語を話すが、役どころが日本兵将校だったせいが、あえて日本語なまりを残した話し方をしている感じがあった。(部分的にネイティブ)

ひたすら過激な描写が続くが、監督であるアンジーには、ある一定の配慮が見られたと思う。言うほどひどくはないという感想だ。そもそも、2013年の作品『レイルウェイ』はこのような日本兵とイギリス人捕虜の話だった。あの映画でも、日本兵の暴挙は表現されているので、ある程度映画を観てる人なら、こういう自国の恥部を表現する映画に驚かないというのが本音であろう。あとは、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』も思い起こされるし、いずれにせよ、この映画に半日映画のレッテルはるなんて、日本人として恥ずかしい。。。。。。

戦争という非人道的な行為の中で、敵を倒すため兵士は血や汗を流す。結果を上げている兵士の姿をみて、国民は感謝もするし賞賛もするだろう。
ならば、戦場ではなく、捕虜となった兵士が流す血や汗はどう見えるのだろう。
同じように感謝され、賞賛されるのか。

恐らく、それらは人びとの記憶にさほど残らず、多くを語り継がれる事はない。どの国にとっても恥部であるからである。しかし、その矛盾とあいまいさに光をあえることこそ、絶対に戦争はしたくないという完全なる反戦映画となるのである。

私たち日本人もそう。
このあいまいさに耐えながらも、安っぽいイデオロギーではなく、『反戦の本質』を語っていかなければならないと実感した。ますます、アンジーが好きになった。

補足:一つ疑問なんですが、捕虜として囚われたばかりの頃の、ジャック・オコンネルのやせ細った体は、実際の体?CGでは?と思うほどやせてるんですが…..