賽の河原

野火の賽の河原のレビュー・感想・評価

野火(2014年製作の映画)
3.3
いやー、正直こういう重さの映画を評するのって難しいというか、明らかに作り手側のこの題材に対する想い入れが深くて、原作を俺なんかより読み込んでいて、テーマを掘り返してると思うんですよ。
そしてもっと言うと映画を観ていて全てのカットが「チョー気合い入ってるぅ〜...!」っていうのも明らかで、私なんかがコメントするのも烏滸がましいですよねw
例えばこの映画、開始5分程度で起こることがトンデモナイ分量というか、異常な語り口のテンポの良さなんですよね。状況が映画的に語られて、別の場所行って帰って行って帰って行ってっていうw
起こっていることはとっても悲惨だし、なんていうか「戦争映画なんだけど戦争映画じゃない感じ」が凄いんですよね。
だって全然敵と戦ってないし、なんていうんですか?こう全然もう組織感がないというか。病院もムチャクチャテキトーだし、もう兵隊の単位も崩壊してる感じというか「いやー、これはもう完全に負け戦ですわ。というかもう戦争になってねーわ...」っていう絶望感ね。それでいて行って帰って行って帰ってっていうのが不謹慎ですけどテンドン的に重ねられてて「異常に語りのテンポが早いな」って思う。
んでもはや「地獄めぐり」としか言いようのない現実を主人公たちは「転進」していくわけですけど、これはイデオロギー云々とか置いておいて事実ですからね...それはもうムチャクチャ悲惨なわけです。
そしてその「地獄めぐり」のなかで、割と最初から観ていて、「うわ、この主人公いつでも死にそうなヤツレ具合やんけ」なんて思ってるんだけど、これに輪をかけてヤツレていく。ヤツレていくんだけども、精神的には逞しくなっていってしまう。この言い方ではアレなので言い換えると、人間性を失っていくというか、決定的な人間的なる何かを失ってしまう。
で、私がこの映画の素晴らしいなと思うところは、それを実に映画的としか言えない操作で「地獄感」というか「悪い夢なんだけど現実」感を増幅させてるという点ですよね。
要は最初にも述べたんですが、「語りのテンポがスゲー早い分、悪夢を見ているような、うなされるような感じすらある」ということですよ。映画は色々な嘘をついたり、現実を虚構化して細工することのできるメディアですが、この映画における時間の細工は興味深いですよ。
例えば、先ほど「主人公は最初からヤツレてる」なんて書きましたけれど、本作では主人公が出て来るたびに、そして映画的に時間が細工されるたびに主人公がスッゲーヤツレていくわけです。最初の表情見たって、目は落ち窪んで瞳がイヤーな光を発している感じがするんですけど、時間が経つにつれてちょっと想像を凌駕するような摩滅をしていくというか。主人公自身、「いつこの地獄を抜けるのか、どれだけ時が経ったのか」が分からない、言わば時間を浮遊しているような感じで地獄めぐりをしているんだけど、観客も異常なテンポの語り口に乗っかる分だけ、その浮遊感、言い換えると悪夢感を追体験するわけですよね。
それでいて地獄表現、言い換えればゴア描写ですけど、これもエグ味たっぷりで、まあトラウマ級というかね。蛆虫がわいたアレが驚きの...とか、手榴弾の男のショッカーシーンとか戦争の悲惨さ、ヤダみエグ味を存分に描いていてもうここまでで完全に「うわあ...」って感じで圧倒されるし、ラストシーンの重みも、障子越しのアレっていうのが「もう向こう側にある魂は救済出来ないのだ感」というか、クラシックな映像技法ですけど的確だと思います。
不満なところを言うと、語りのテンポとトレードオフなんだろうけど、「ちょっと短すぎない?」っていうか。無声映画的で面白いなぁとは思いつつ「もう少し説明を入れないと一般的には厳しいなあ」とか「やっぱりセリフが聞き取りづらい件」とかね...「野火」っていう題材とか戦争について理解ある人には的確でいい重厚感なんだと思いますけど、逆にいうと普遍性が低いというか、「いやー、歴史的にこういうことがあったんやぞ」っていうその重みは分かるが、観ててあんまり楽しかったり、面白かったりっていうポップさはないですし。言葉にはしにくいですし、言うのも憚られるけど「面白い映画は他にもあるし、この映画はもっと面白く出来たぞ。」って感じもしないではないです。説教くせーなあって思う人もいるでしょうね。
でもこの映画ならではの重みはそれはそれでいいですし、観た価値ありましたよ。オススメのシチュエーションとしては夏休みに観てゲッソリする映画として観るのが最高ですね。
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