シマすけ

野火のシマすけのレビュー・感想・評価

野火(2014年製作の映画)
4.3
神の不在


あらすじ :
第二次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗北が濃厚な中、結核を患う田村一等兵は部隊と野戦病院の双方から見捨てられ、島をさまよう羽目に陥る。容赦なく日差しが照りつける中、極度の飢餓感に苦しみながら田村が見た地獄の光景とは…


探偵!ナイトスクープという関西の長寿番組を楽しみにしている時期がありました。
視聴者から送られる様々な依頼や相談を面白おかしく解決する番組であり、抱腹絶倒の神回から全く面白くないハズレ回と、とにかく当たり外れが激しい番組でした。

その中で今でも頭に残っているのが「レイテ島からの手紙」と言われる回。
レイテ島へ徴兵された男性が綴った、日本にいる身重の妻への手紙を解読する内容。
最愛の妻とお腹にいる息子の身を案じ、死の覚悟とも言える辞世の句が書き綴られた手紙の最後には『元気で。(返信不要)』と書かれていた事が分かり、当時見て泣いた記憶があります。


しかし「野火」ではそのようなヒューマンドラマは一切出てきません。
そこにあるのはただただ灼熱地獄と腐乱死体の山。美化されていない現実が目の前に広がっています。

レイテ島の戦いでは84,006名の兵士が参戦して79,261名が戦死、うち殆どは餓死だったそうです。
いわば殆どの兵士が捨て駒にされ、生きるも地獄死ぬも地獄。
不衛生な臭いを感じさせる悲惨な遺体や容赦の無い暴力描写には目を背けそうになります。腐乱死体から大量のうじ虫が溢れ出るショッキングな場面は二度と見たくない。

いつ襲われるか分からない恐怖、意識がもうろうとする日差しと虫の鳴き声、迫り来る飢え。
あまりの極限状況下では人間はマトモでいられなくなる恐怖。
地獄に疲れ果てて手榴弾で自害する者もいるのですが、人間には生存本能が備わっています。
死の瀬戸際にあって糸が切れてしまった者が生きるためにする事は何か。

それは人肉を食べる事。

人間は飢えると鬼になる。
気弱で心優しかった青年兵は精神崩壊の末に人間を猿だと思い込み狩りに出かけ、仲が良かった兵士をメッタ刺して貪り食う鬼へと化した。
そこにレクター博士のような食人の優雅さは無く、タガが外れた野獣しかいない光景。
田村一等兵は極限状況のなか、食人の誘惑からなんとか逃れようとするのですが…


これが現実の戦場。

大半の兵士は家族に最期の言葉を伝えられず、レイテ島で誰にも看取られず力尽きたという事実。
番組の男性もこの映画の兵士のような最期を辿った可能性があると思うとやりきれない気持ちになります。

今の平和な生活に感謝しないといけない一方、じわじわと戦争が近づく不安がよぎっているのも事実。なんとしてもこのような地獄が再現される事だけは避けないといけない。
戦争の悲しみを想起させるのでは無く、美談なんて存在しない現実の暴力とタブーを強烈な熱量で映し出し、「二度と見たくない」と思わせる強い反戦メッセージのある映画です。

生還した田村は野火の幻覚に一体何を見たのか。
シマすけ

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