雨の日は会えない、晴れた日は君を想うの作品情報・感想・評価 - 238ページ目

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う2015年製作の映画)

Demolition

上映日:2017年02月18日

製作国:

上映時間:101分

3.7

あらすじ

妻が死んで気がついた。彼女のことは、よく知らない。僕はあまりにも君に無関心だった―。 自らの感情とうまく向き合えない哀しみと虚しさを抱え、身の回りのあらゆるもの―妻のドレッサー、パソコン、冷蔵庫、そして自らの自宅までを壊し始めたディヴィス。 すべてをぶち壊してゼロにする―。 “破壊”を経て辿り着いた、人生で本当に大切なものとは―?喪失と哀しみ、そして再生への旅路を描いた物語。

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」に投稿された感想・評価

ア

アの感想・評価

4.0
潔い、素晴らしい!ララランドの直前に観たの後悔したほどにはよかった。
hiro

hiroの感想・評価

3.5
主人公の狂いっぷりが最高でした。

少し前に永い言い訳を観ていたので、そのギャップに戸惑いつつも。
心の傷を回復するためには人それぞれの方法があるのだなぁと思った。
目の前で妻を亡くしたのに、涙はおろか悲しみすら湧いてこない。ただ、心にはずっと違和感の様なものが。それを理解しようともがく男と彼に出会った人たちの話。

説明的な台詞があまり無く、登場人物の心情理解に多少の読解力を必要とする作品。特に主人公の妻ジュリアには最後まで明確にされない事柄もいくつかあるが、その辺は推して量るべし。

男が自身の抱く違和感の正体に気付いていく過程はとても”映画的”であるものの、どことなく共感できるリアルさもある。ヘッドホン音楽ガンガンで街を踊り歩くのとか家財道具をぶち壊すのとか妄想では自分もやった。

主人公とモレノ親子や義父との関わりを見てると、やはり大半の人間は孤独じゃ生きられないんだなと実感させられる。それは亡くなった妻も同じだったのだろうか..

何ともやるせない気持ちにされられつつも、その中に見出す前向きな感情に救われる映画。
壊れている/奇人を演じるジェイク・ギレンホールの演技は流石でした。
●'17 4/22〜5/5単館公開
(首都圏等: '17 2/18〜公開)
配給: ファントム・フィルム
提供: ファントム・フィルム/カルチュア・パブリッシャーズ
ワイド(シネスコ) DOLBY DIGITAL
5/4 15:15〜 メトロ劇場にて観賞
DCP上映 LPCM
パンフ未購入
※映写位置が悪い為、画面上と右に黒味有り、下が切れ気味。

正直、乗れなかった。
再生する為にリセットではなく、ぶっ壊す事。
それも一理あるけど、身内を無くしたあとに自分にはそんなエネルギーは涌かなかったし、なんかボンヤリしていたから。
ナオミ・ワッツの演じる役の吹替はタカギサヤがやると良いw
母子家庭の父親は息子が停学を食らったエピソードの当事者なのかな?
YosukeIdo

YosukeIdoの感想・評価

3.0
ジェイク・ギレンホールとナオミワッツの演技が素晴らしい。
作品的には…雨の日は観ない、晴れの日にもそこまで思い出さない、かな(
eno

enoの感想・評価

4.5
妻を亡くしても無感情だった主人公は身の回りの物を壊していくことで、自分を保っていく。音楽聴きながら街中で踊りまくるシーンが印象的。
途中から出てくる少年とのやりとりがすごく良かった。

この映画を観たのは1ヶ月くらい前だけど未だに心に残ってて、時々思い出しては余韻に浸ってる。
やっぱりこの監督の映画はとっても私好み。
わへー

わへーの感想・評価

2.5
いろんな人がストーリーについては言及しているので、内容については割愛。
一言で言うと、人を選ぶ良作。

夢でも愛でもいいのですが、精一杯追い続けて、挙げ句、元々自分がなにを求めていたのか? 分からなくなるぐらい必死になったことがある人は、何とも言えない共感と共にこの映画に心震えると思います。

逆に、そこまでの経験がない人だと、共感できずに退屈で理解不能な作品。
こういう作品を劇場公開して一定数の共感を得て受け入れられるってことは、過酷な世の中だという証拠かも知れない。

良作ですが、劇場で観るメリットはないので2.5。

※スコアの基準
5 ……人生観が変わる
4 ……見ないと人生損する
3.5……映画館で観るべき
3……映画館で観ても損はしない面白さ
2.5……面白いけど、DVDでも良い
2……映画館で観る価値ないが、DVDなら許せる
1.5 ……DVDで観るのも微妙
ディヴィスは傍目から見ると、ウォールストリートで出世コースに乗るエリートサラリーマンだった。しかし、実態は妻の父親の職場にまんまとハマっただけであり、ギクシャクする妻との関係に毎日は少し閉口していた。だが、突然の交通事故に遭い、同乗していた妻は急死する。動揺する周囲とは裏腹に、ディヴィスは妻の死も、自分の感情ともうまく向き合えないでいた。自分は妻のことを本当に愛していたのか、自問自答する日々の中、義父のある言葉をきっかけに彼は身の回りのあらゆる物を壊し始めていく。。「ダラス・バイヤーズクラブ」のジャン=マルク・ヴァレ監督、「サウスポー」のジェイク・ギレンホール主演による人間ドラマ。

人生にはいろいろな目標があり、皆それを見つけ、皆それを生きる糧として生きていく。ある者にとっては、それは勉学や仕事であったり、またある者にとって、それは愛する人とともに生きていくことだったり、、人は各々その目標に向かって生きている、、はずと思うのだが、それは本当なのか??というのが本作のテーマではないかなと、僕は観ていて思いました。主人公ディヴィスは傍目から見るとビジネス界では成功を収めた人物。しかし、そんな彼の実態が、彼をいろいろな意味で彼の生きている世界でつなぎとめていた妻が死んだことで、いろいろなことが明るみに出てきます。彼が活き活きと仕事をしていた場は、妻の父親が事業をしている会社で縁故という意味で雇わされていることに過ぎなかったり、贅沢なモノや豪華な家も、そんな父親の事業によって成り立っていたり、妻の目利きによって設えられたものだったりと。。そんな彼の生活に必要だった妻がいなくなることで、彼は妻が死んで悲しいという感情以上に、何もない自分というものに嫌がおうにも対面せざるを得なくなってくる。妻の死以上に、自分がないことに気づいた彼は、作られただけの今の生活を壊していくことから始めていくのです。

話の内容を観ても、昨年(2016年)に観た邦画「永い言い訳」によく似ています。しかし、妻が死んでも悲しめないという同じようなテーマにしても、その妻との関係を他人との関わりの中で取り戻していく「永い言い訳」に対し、本作は自分自身を社会的に一度抹殺していくことで見直していくという、全く違いアプローチを取っていることがすごく興味深いです。どちらかというと、「永い言い訳」の底辺には冷めきった関係の中にも、とことん人とのつながりを信じる視線があるのに対し、本作は逆に周りの人間によってつくられてしまった束縛(モノとの関係も含め)をとことん破壊するという、どこかロック的なメッセージ性があり、微妙に文化の違いみたいのも感じるのです。ちょっと破天荒に思えてしまう描写もなくはないですが、それほどまでに空虚になってしまった人は、生きていく何かを見つけなければ絶望してしまうということも分からなくはない自分がいたりもします。しかし、その全てを破壊しきった中にも残る人の温かみというのが、大切な人の愛だったりもします。題名のような優しさばかりがある作品ではないですが、どこか人のいいところも素直に描いているとも思います。
kottan

kottanの感想・評価

4.0
原題は破壊とか解体という意味らしい。うん、まさに一人の男が妻の死をきっかけにそれまでの「自分」を知り、様々な真実を知り、破壊衝動に走る。何だ何だ?と思う。でもその破壊衝動に妙に共感する自分もいる。しかしそれは自分を取り囲む世界に向き合い、自分自身を再構築し生き直すためのまさに儀式のような行為だった。
そうやって何だかこっちの目の前も開けていくような気持ち良さにスカッとする自分もいた。