ねこたす

オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分のねこたすのレビュー・感想・評価

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これはマッドな男のもう一つの物語
こっちの車は行ったっきり帰ってこないけど。

工事現場から飛び出して86分、車中だけで物語が進行する。ワンシチュエーションものに分類されるだろうが、そもそも視覚的な登場人物は一人の為かなり異質。

こういった会話劇はパワーバランスが変わっていく様を見るのが楽しい。古くは12人の怒れる男、最近ではおとなのけんか等。
普通であれば小道具を使ったり、仕草で状態を表す。しかし、移動の車中の為、電話でのやり取りのみ描かれる。トム・ハーディ以外の出演者は声だけで演じ分けなければいけない。難しい役どころを見事に演じ切っている。
また、車が移動するということもあり、見た目では何も変わっていないがそれぞれの物理的距離が変化していると考えると面白い。何かから離れ、何かに近づいているのだ。

初めはなんだか大変なことが起きて急いでいる男に見えるアイヴァン。方々に連絡をし手筈を整え、なんとかこの事態を乗り切ろうとする。女が待つ病院へ車を走らせながら、代役を頼んだ部下に念を押す。上司には自分が行けないことを伝える。クビなんて覚悟の上だ。
サッカーの試合を観戦する約束をしていた妻や息子が帰りを待っているが、今夜は帰れそうにない。手短に罪の告白をするが、詳しくは家に帰ってから話そうと言う。相手が冷静でいられると思っていたのだろうか? 面と向かって話さないのに。

アイヴァンがとにかく傲慢なのだ。プライドが高い。
それなりに優秀な現場監督として信頼があったが、自分は人々をコントロールし収められると思いあがっている。

経験の無い部下に、電話上で口頭で指示を与える。部下は不安から質問をするが、そんな分かり切った質問をするんじゃないと一刀。ほとんど恫喝のようだ。緊張を紛らわすために酒を飲めば、それを追及する。
挙句の果てには必要な書類を車に持ち込んでしまう始末。そりゃ部下もキレる。お前が蒔いた種だろうが!と言わんばかり。

上司には、この工事だけは自分が完遂させると意気込む。既にクビにされているのに。仕事を放っぽり出した人間の口から出る台詞だろうか? おまけに、部下に自分とだけコンタクトを取れと主導権を握ろうとする。
上手く収めれば、後で追及されないとでも思っているのか?

妻に非難されるも、朝になれば許してくれるだろうという甘い期待を抱く。相手への愛はない、一度だけの関係だ、と。そんなこと言いつつ病院へ向かっているアイヴァン。
そんな相手の言い訳を信じられるだろうか? 一匹Gがいればなんとやらですわ。

運転しながら、電話をしながら、書類を見ながら。段々と歯車が狂っていく。最初は間隔のあった電話も、キャッチホンの音声が何度も何度も流れる。なぜ、こうなったのか。どこで間違えたのかと言われれば最初から間違えていたのだ。
それでも、挽回できる場面はあったはずだ。

おろすことも出来たはずだ。ほとんど何も知らない相手との子供だ。しかし、そんな勇気もない。何かを優先するとすれば、孤独な女に寄り添うこと。まるで悲劇のヒーローのような酔い方。自分の父とは違い、認知はすると凄む。でも、それって家庭は守りつつも、女に子供を育てさせる身勝手な行動が後に絶対付いてくる。全く賛同できない。

どんなに堅いコンクリートで固めたって、基礎がしっかりしなければ瞬く間に倒れてしまう。さて、この後はどうなるのだろうか。ああだこうだ言っても、産まれるものは産まれるのだ。もう後戻りはできない。

ハイウェイで何度も追い越しをしていく警察車両が印象的だ。アイヴァンは、いっそまるで捕まえてくれという目をするのだ。