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あやつり糸の世界のハルのレビュー・感想・評価

あやつり糸の世界(1973年製作の映画)
4.5
我々が生きている世界はひょっとすると仮想現実なのではないか? 物理学が呈したこの疑問は、そのまま、創作の世界でも応用された。

SFにおける仮想現実とは、現実世界を模して人工的に作られた、言わば、虚構(ニセモノの世界。ヴァーチャル世界)である。そこでは、現実世界と同じように建物が建てられ、人間たちが暮らしているが、それらはすべて、記号や情報の集積に過ぎない。

このように、現実世界が基本としてあり、その下にいくつもの仮想世界が層を連ねる世界構造を、便宜的に「多層世界構造」と呼ぶとする。この多層世界では、現実世界の住人が意識を飛ばして、仮想世界とリンク(連結)させることが可能になる。

多層世界を映像として表現するためには、「マトリックス」や「インセプション」の例を示すまでもなく、視覚効果を使って視覚に訴えるのが手っ取り早い。そういう意味で言えば、「マトリックス」は、視覚効果によって多層世界を表現した、記念碑的作品であった。しかし、この「マトリックス」が公開される26年も前に、多層世界を表現した作品が存在したことは、意外と知られていない。

それがこの「あやつり糸の世界」である。

舞台はなんと1970年代の西ドイツ。

「未来研究所」では、現実世界を模倣した虚構世界をコンピューターで構築し、その中に約1万の個体(虚構世界の住人。アバターと言えばいいだろうか)をプログラミングしている。これら個体の動向を観察し未来を予測することが、研究の主な狙いである。その技術責任者が謎の死を遂げ、主人公の研究者が後任につくところから物語は始まる。主人公は、目の前で次々と起こる不可解な現象を調べるため、シミュラクロンなるコンピューターを使って、己が意識を仮想世界とリンクさせるのである。

この作品の面白いところは、多層世界を題材にしながら、技術にほとんど頼ることなく、それを表現している点である。

70年代と言えばVFXのまだなかった時代。あのキューブリックでさえ、「2001年宇宙の旅」を撮るのに苦労したのに、ファスビンダー監督は、無謀にも、美術と音と哲学だけで、この多層世界の視覚化に挑んだ。果たして、その試みは成功した。

ここに描かれる、心をとろかすような美、精神を不安にさせる音楽、そして、高邁な哲学は、技術的な欠点を補って余りある。むしろ、それらこそが、この作品の文学性を高めることに成功しているのだ。

言わば、SF界の純文学。いかに視覚効果の優れた作品であっても、この作品の文学的聖域を侵すことはできない。
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