ハル

キャロルのハルのレビュー・感想・評価

キャロル(2015年製作の映画)
3.8
舞台は1950年代のアメリカ。

デパートの売り子として働くテレーズは、客としてやってきた美しい人妻・キャロルに心を奪われる。後にテレーズはキャロルが置き忘れた手袋を届けたことで、キャロルから昼食の誘いを受け、自宅へと招かれる。テレーズはキャロルを前にして、恋人といる時には感じなかった胸の高鳴りに打ち震えるだった。キャロルは関係の冷めた夫と、娘の養育権で揉めていることをテレーズに打ち明ける。このことがきっかけで二人の関係は急速に発展していく。

平たく言えば、女性同士の恋愛を描いた作品だが、それが1950年代のアメリカを舞台にしていて、しかも、2015年に映画化されていることに、まず注目したい。

1950年代のアメリカと言えば、カトリックの伝統主義が作用していた保守的な時代である。ハリウッドにおいても、ヘイズ・コードという規制があって、同性愛を描くことは堅く禁じられていた。

そんな時代にあって、パトリシア・ハイスミスは、名前を伏せた形で、「キャロル」の原作を書き上げた。今作はレズビアンの彼女が実際に体験したことが下敷きになっている。ハイスミスは、自身の性的趣向を隠すかのようにこの作品を時代の影に埋もれさせ、その代わりとして、「太陽がいっぱい」という大傑作を世に発表した。

「太陽がいっぱい」は、孤独で貧しい青年が金持ちの友人を殺害してそのアイデンティティを奪うという、ピカレスクサスペンスである。1960年にルネ・クレマンによって映画化され、アラン・ドロンの名を世界中に知らしめた。映画評論家の故・淀川長治氏がいみじくも言ったように、今作にはホモセクシャルのメタファーが隠されている。アラン・ドロン扮する青年は金持ちの友人を殺して彼に成り代わるが、青年の目的は殺人ではなく金持ちの友人と一体化することにあった。

女性同士の恋愛を発表できなかったハイスミスは、代わりに男性同士の恋愛を描き、しかも、恋心や愛情を殺意に置き換えることで、世間の批判にさらされることなく、自らの作品世界を築き上げていったのである。

そして、時代は移り、ハイスミスが自身の性的趣向とともに埋もれさせた「キャロル」は、トッド・ヘインズによって映画化される運びとなった。1950年代には描けなかった1950年代の同性愛を、2015年に至って描いたことは、実に隔世の感がある。

主演は「ドラゴン・タトゥーの女」のルーニー・マーラ、そして、「ブルージャスミン」のケイト・ウィンスレット。

エドワード・ホッパーの絵画を彷彿とさせる50年代のアメリカで、二輪の百合の花が甘い蜜を垂らしながら戯れる。

クリスマスの夜を彩る甘美な作品である。
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