キャロルの作品情報・感想・評価 - 606ページ目

キャロル2015年製作の映画)

Carol

上映日:2016年02月11日

製作国:

上映時間:118分

3.8

あらすじ

「キャロル」に投稿された感想・評価

50年代のLGBT(のL/B)の恋物語を2015年という現在から語るとこのようになんら特別なこともなくそしてクィア・フィルムとカテゴライズされることもなく普遍的メロドラマになる。終盤から結末に至るまでに鳥肌が立つ。これが悲劇であるかどうかは観客に委ねるという絶妙な幕引きではあるけれど、やっていることは「エデンより彼方に」と同じようなことで、メロドラマとしての力はやや劣る。
MoeKo

MoeKoの感想・評価

3.2
どの場面も写真集みたいな美しさでした。
ファッションや街並みやらの空気感、50年代って素敵だなー。

キャロルの佇まいとか、憂いを持った雰囲気に惚れるのは何となく分かるなあ。

「道徳的条項」という言葉は印象的でした。

喫煙シーンはため息が出そうだった。
いろいろと映像が美しく見惚れてしまった。
冒頭のデパートの終業のベルが恋の始まりの合図に聴こえたのは私だけ?
ラストのテレーズの思いがけない行動が印象的。
えいご

えいごの感想・評価

3.5
パトリシア・ハイスミスの原作と比べると、
主役の二人の関係に強くフォーカスした物語だった。
その分スッキリした恋愛映画になっていた。
アメリカでも1950年代は”罪”でさえあったテーマだけど、
その社会的なものは強く出さずにひたすら二人の心のやり取りを
描き切ってるのは好感。

色の扱いは相変わらず印象的でそれだけでも満足。

2016.2.20 TOHOシネマズ新宿
2016/02/21
渋谷シネパレス

ストーリーとしてはゆるやか〜な感じで、あまり濃くはない。
結局キャロルが大人のくせして不安定な女に見えてしまいました。嫌いとは言ってない。
絡みのシーン(と言ってしまうと品がないけど)がなんだかもう美しかったのはお伝えしたいところ。
ちさえ

ちさえの感想・評価

3.7
とにかく2人のチャーミングな女性っぷりにはどきどきした。

でも、それだけかなあ…

全体的にさらーーっと過ぎていったような気もする。

音楽は素敵でした。
いやはや、圧倒されました。しばらく夢うつつ。世界観をこれだけ丁寧に構築されれば、もう後は浸るだけ。撮影、照明、演技、音楽、そして美術!
セット、ロケ、小道具、衣裳、メイク、全て素晴らしい。

『エデンより彼方に』に拍車をかけてとにかく50年代の再現っぷりが凄まじい。何か監督の生き霊のようなものが放出されてるのではないかというぐらい凄まじい。前半のデパートの雰囲気など思い入れなしではああはならない。

トッド・ヘインズという人はティム・バートンやウェス・アンダーソンらと同じく、失われた時代と、きっとそこにあったはずの、というかあってほしいイノセンスに魅せられているのだろう。出世作はグラムロック黎明期を描いた『ベルベット・ゴールドマイン』だし。

愛と憧れ。

ルーニー・マーラも、ケイト・ブランシェットに対し、私の知らない時を生きた人として、憧れと愛情を抱く。それはラブストーリーなら当たり前だけど、監督がお膳立てしたこの「愛と憧れ」の世界においては最大の威力を発揮する。そして何よりも素晴らしいのは、ケイト・ブランシェットをただの憧れの象徴に留めず、ルーニーへのやはり「愛と憧れ」を持たせ、同じ位置に二人を置いたことだろう。だから、切ない。
Kyoka

Kyokaの感想・評価

3.5
新しい価値観!のようで本当は考え深い、性別と年齢を超えた偏見が自然に見れるラブストーリー
ca

caの感想・評価

4.3
最近再見したけど良作だと気づいた。50年代アメリカのメロドラマ。しかし希望があるような。顔、手、視線、すべてのショットが美しい
伊緒

伊緒の感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

1952年を舞台に、同性愛を描いた作品。

ふたりの女性が出会い、自然と恋に落ちる様を、静かでミステリアスに美しく描いている。

ケイトブランシェットの悲しげで憂いに満ちた魅力もさながら、ルーニーマーラの美しさにノックアウトされてしまう。起き抜けの彼女がなんて可愛いこと!困惑に揺れる表情がたまらなく素敵。惜しげなく見せるヌードにも見惚れてしまう。

ケイトブランシェット演じるキャロルはきっと生粋のレズビアンだけど、旦那との生活の中で一生懸命自分を偽って努力して生きてきたのだろう。どこかでタガが外れ、もう元へは戻れなくなった。だけど別れたくない旦那。繋ぎ止める術は彼女の愛する娘のみ。キャロルは娘も大事だけど、テリーズとの恋も諦められない…。

まあ、ワガママだなと。
恋ってワガママになることだとは思うけれど、それにしても、何かを得るということは何かを失うということのはずだ。少なくともこの時代で、同性愛で、旦那をこんなにも裏切っているのだから、どれも全て手に入れるなんてことは不可能だ。

これがただ単に男性との浮気だったとしても、かなりの諸行だろう。同性愛だからダメだとすることが差別ならば、同性愛だから許す余地がある、とするのも差別だろう。なんだか旦那がとても可哀想になってしまった。