Shelby

深夜食堂のShelbyのレビュー・感想・評価

深夜食堂(2015年製作の映画)
4.6
原作の大ファン。深夜食堂という名の元、深夜に見る贅沢に拘って鑑賞。
漫画でも自然と涙が出るくらいだったので、案の定映像にすると更に泣けてきてしまった。
大好きな世界観が眼前に広がるとえも言われぬ嬉しさが込み上げる。

決してお世辞でも綺麗とは言えない小汚くて狭い店内。とてもじゃないが何十人も入るキャパは無い。
そこで日々繰り広げられる人間模様が見ていて心落ち着く。色んなタイプの人がいて、色んな人が日々代わる代わるやってくる。そんなお客達を迎えるマスターの「いらっしゃい」という言葉を聞いて、何故か此方まで安心してしまう。微笑みを浮かべて暖簾をくぐる情景がすぐにでも浮かんでくるほど作品の中でも印象的。
マスター役を演じる小林薫の渋さは、きっとあの人にしか出せない持ち味。

そしてこの作品では一々マスターの優しさが心に染み渡る。どこの誰のものか分からない骨壺も交番に渡した後また自分の手元に戻し供養してあげたり、とろろご飯の話では食い逃げした訳ありの女の子みちるをお店に住み込みで置いてあげたり。自分のお店に骨壺が置かれようものなら、気味が悪すぎて普通に交番に届けたっきりそれで終わるだろう。食い逃げしたみちるに至っても、怒りもせず、挙句の果てに何も聞かずにお店に置いて世話して、給料も渡す始末。
現代において見返りも求めることなく、ここまで人の世話をやいてくれる人が果たしてどれくらいいるのだろうか。それだけで泣きそうになってしまった。

お茶漬けシスターズがちょこちょこ出てくるのも私的にはツボ。あの、噂好きで他人を信用し難い3人組の叔母様方の存在につい納得。

ナポリタンの話の中で死にたいと呟いていた美人のたまこ。しかし、ナポリタンを出してくれたマスターに向かって、
「いいことなんかひとっつもないって思ってたけど。なんか吹っ切れそう。」
と微笑む。この気持ち痛いほど分かるなあと共感。どん底まで落ち込んで、生きててもいい事ないんじゃないかなんて思う日も20余年間で何度もあった。でもそんな時でも人と会話をして、美味しいものを食べて、色んな人と出会うことでいつの間にかそんな気分なんかすっ飛んで行ってしまう。えてして立ち直るキッカケは案外単純だったりするものだ。

また、カレーライスの話のあけみが謙三からのアプローチにほとほと困り果て、自分がボランティアをしに行くまでの経緯をマスターに打ち明けるシーン。職場の上司と不倫をしていて挙句の果てに捨てられ、何処か別の場所に行きたいと思った。本当は全然感謝される人間なんかじゃない。そう胸の内を晒すあけみ。
罪の意識に苛むあけみに対して、マスターは何時もの優しい口調で
「許してあげてもいいんじゃないか、自分をさ。」と言葉を掛ける。
この言葉。何気ない一言だけど、この言葉でどんなに救われることだろうか。他人だからこそ、言える一見無責任な言葉だけれども、他人からしか言ってもらえない温かい言葉でもあると思う。つい私も涙ぐんでしまった。

ぐつぐつ食材を煮込む音。
ジュージュー具材を炒める心地よい音。
包丁のトントンという軽快なリズム。

どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出し、自分もお客の一人としてカウンターに座っていられるような気分にさせてくれる。

便利なもので溢れ排他的なこのご時世だけれど、そんな街の片隅にでも、こんなにも昭和の香り漂う人の暖かみを感じられる場所があるのであれば、疲れきった現代人のオアシスになるのではないかと思う。
そんなお店が私の住んでいる街にもあって欲しいと願わざるをえない作品だった。
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