emily

アドリブ・ナイトのemilyのレビュー・感想・評価

アドリブ・ナイト(2006年製作の映画)
4.1
 10年前に家出したまま行方不明の少女ミュンウンに間違えられ、ひょんな事からミュンウンに成りすまし危篤状態の彼女の父親に会う事を頼まれ・・

 ドキュメンタリータッチの粗いカメラから危篤の父親に会いに行く車内。男二人にミョンウンに似てる主人公。フロントガラスに映る街の風景が揺れ、まるで心情に寄り添うようにゆらゆらと幻想的に浮かび上がる。3人の構図も抜群で、絶妙に重なり合うように空間を巧みに操り、光と影の隙間から見え隠れする3人の表情をただ切り取る。

 幻想的な空間から一気に超現実的な空間へ。危篤の人を横にそれでも”生きていく”人たちの冷酷さを皮肉に生活感溢れる色彩で見せ、作品はトーンを一気に変えていく。田舎での人間のしがらみ、狭い世界で繰り広げられる人と人との距離感。ミョンウンが失踪した理由のすべてがそこにある。しかし主人公も同じなんだろう。親や狭い田舎の暮らしに嫌気がさし、都会へやってきた。自由に生きていけるのも結局帰る場所があるからなのだ。人間の醜い部分を嫌と言うほど見て、主人公は諦めを感じた訳ではない。どうしようもない欠点だらけが人間なんだ。醜く自分勝手でどうしようもない生き物、うっとおしいと感じるのも自分の事を構ってくれる人がいるからなのだ。人は死んだら終わり、死はいつ訪れるか分からない。人の死を目前にしたとき、おのずと自分の両親のそれが交差するだろう。ほんの少しの変化が彼女に訪れ、都会暮らしの観客の心にも響くものがあるだろう。

 遠く離れた母にふと電話したくなる。最後には温かい気持ちを残してくれる。
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